Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"グッドナイト・マミー(Ich seh, ich seh)"(2014) Review!

ある意味、オーストリア版"母なる証明"

(※虫嫌いの人は鑑賞注意)

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公式トレイラー


映画『グッドナイト・マミー』予告編

 

4年半前に一度観てたんですが、ハリウッドスターも出てる監督の最新作"ロッジ -白い惨劇-"と見比べたいなと思い、久々に見直しました。4年半前当時は、万人受けしない作風なのもあってそんなに楽しんで観れなかったように思いますが、時間をおいて見直すと感想は変わるものです。色々考えたのでつらつらっと綴ります。

 

あらすじ

9歳の双子、エリアスとルーカスの元に顔面の手術を終えた母親が戻ってくる。双子には、包帯で顔を覆った母親は依然と性格も違うように感じられ、本当に母親とは別人なのではないかと疑い始める

 

キャスト・スタッフ

監督はオーストリア出身のヴェロニカ・フランツ&ゼヴリン・フィアラ。

母親役にオーストリア人女優のズザンネ・ヴースト。エリアス&ルーカス役には、エリアス&ルーカス・シュヴァルツ。

 

 

ドイツ語の原題"Ich seh, ich seh"とは、I See, I seeの意味らしいです。「僕は見てるよ、見てるよ」と訳せますが、これはエリアス視点の言葉でしょうね(ちなみに、ドイツ語「見る(sehen)」の一人称単数形は本来seheですが、語尾のeは口語では略されることがあるようです。日本語でも「見ている」ではなく「見てる」と言いますし)。英題は邦題と同じ"Goodnight Mommy"。母親が包帯だしミイラのmummyにもかかっているのかな?

 

この映画、ほとんど状況説明はされませんが、おそらく何らかの事故でルーカスが死んでしまい、母親も顔に大けがを負ってしまったので手術した、というのが話の始まりですね。顔の手術が事故後の形成手術なのか単なる美容整形手術なのか分からないので、序盤にある池のシーンがルーカスの溺死を意味していると考える方もいるようです。

"クワイエット・フレンド 見えない、ともだち"のレビューの際、イマジナリーフレンド・ホラーの過去作をあんまり思い出せなかったんですが、本作もその一つでしたね。母親がおかしいのではというのはミスリードで、子どもの方が本当はヤバいという。不安な子どもの視点からの映画なので、母親がおかしく見えるのは理に適ってますが。

Who Am I?(私は誰?)クイズで、母親が自分を当てられないとこ勘悪すぎだろ(笑) メタ的な演出でしたけどね。森の中に母親が歩いて行って首をブン回すシーン(エリアスの夢オチ)は"ジェイコブス・ラダー"っぽかったですが、あんまり意味はなかったかも。

この映画は、表面的にはカプグラ症候群を扱っているように見えます。身近な人が実はそっくりの別人に入れ替わっているという妄想を抱く病気です。しかし、実はけっこう普遍的な恐怖を扱った作品なのではと感じました。

以前、ある中学生の子と話した時、「普通の人と同じような感じで幽霊が見える」と言われました。Heiroは物理的に、つまり人間の意思と関係なく幽霊が存在するとは考えていないので、脳か精神的なもの(同じこと?)が原因で幽霊らしきものが見えることがあるんだろうと捉えています。簡単に言えば、暗闇に人の顔が見えた気がする時は大抵不安な時、みたいなことですが、子どもの場合は脳が未発達ですから、大人よりそういうことが多いのかなと(その子が、普通の人みたいに見えるのになんでそれが幽霊と分かるのかは知りません)。エリアスは、ルーカスが亡くなったのを受け入れられずにおかしくなってしまったのかもしれませんが、大人がエリアスのような状態になるのと比べると病的とは言えないのかもしれません。対象の同一性というか、エリアスの思っていた、母親の持つ母親らしさ(外見や性格)が失われてしまったために、以前の母親と同じ人物と認識できなくなったということですよね。実際は母親は事故のせいで顔を失い、精神の余裕も失ったんだと思いますが、それが最悪の結末に向っていくのが非常に心苦しいです。不安なエリアスが見る"ジェイコブス・ラダー"的な夢や、時折挟み込まれる母親の気味悪い行動のせいで、エリアスは母親を偽物と思い込み子どもならではの方法で残酷な拷問を始めますが、ルーカスが画面に映っていることから分かるように、基本的にこの映画はエリアスという信用できない語り手視点の映画なので、本当は母親はあんなモンスター的な行動をしていない可能性もありますからね。

 

物語の途中で、感情移入する対象がエリアスから母親に変わってきますね。エリアスは母親に、「ママだと証明しろ」と言います。ここで、イマジナリーフレンド・ホラー的な要素がある"バニー・レークは行方不明"を思い出しました。同作の主人公の女性にはバニー・レークちゃんという娘がいるんですが、その娘が失踪してしまうんですね。周りの人にも協力を仰ぐんですが、その女性には昔バニーというイマジナリーフレンドがいたことが発覚して……という話です。本当にバニー・レークの母親であることを証明しなければならなくなるわけです。言わば「母なる証明」です。"グッドナイト・マミー"ではそれを9歳児相手にやらないといけません。でも顔は証拠にならないし、そもそも疑心暗鬼になったエリアスに何を言っても、好きな曲を当てても聞く耳持ちません。子どもって意固地になったりしますもんね。たぶん家事をちゃんとやっても偽物がなりすましていることになっちゃうんでしょう。DNA検査したところで受け容れてもらえないでしょうし(笑)。ハードル高すぎ。そういう意味では、本作はアイデンティティの不確かさを描いたホラーなのです。本作が怖いのは、「ルーカスはイマジナリーフレンドでした!」というどんでん返しの方ではなくて、それが分かったところで事態を好転させられないところなのです。だからこそ割と気づきやすい伏線を張っているんだと思います。

後で調べたら、外国のインタビューで、"バニー・レークは行方不明"について監督らは「意識的に取り入れたわけではないが好き」と話していました。やっぱり! あと"顔のない眼"も。そっちは失念してました。

 

ラスト、消防隊が燃えている家を消火しようとしているところで、裏口から母親らしき人影が畑に向っていくのが映っています。母親とともにエリアスも死んでしまったのかは明示されていませんが、これはどう考えても非現実的なカットなのでエリアスが生きている可能性が示唆されているような気がします。そしてエリアスはルーカスと「本物のママ」に再会するのです。何という皮肉なハッピーエンドなんでしょうか。我々の存在だって、本物の方はイデア界にしかないのかもしれませんよ。あなたはどうやってあなた自身であることを証明しますか?

お母さん、安らかにお休みなさい……。

 

 

★★★★★★☆  6.5/10点

 

Rotten Tomatoes  85%,65%

IMDb  6.7

虫(G)とか拷問とか双子とかアイデンティティの揺らぎとかどうってことないです系アナタにオススメ。