Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"Swallow/スワロウ(Swallow)"(2019)

この世には飲み下せないこともある

(※"ゴーン・ガール"、"ガール・オン・ザ・トレイン"、"透明人間"の展開・オチに触れています)

 

公式トレイラー


“欲望”をのみこんでゆく――。『Swallow/スワロウ』1.1(金)公開【予告】

 

本作は以前紹介しましたが、めでたく日本上陸しました!

 

最近 Heiroが観てる映画って妙に共通点が多いの法則が発見されて日も浅いんですが、本作にも法則が適用されます。

妊娠と夫・夫家族からのストレスのせいで異食症になる話で主人公に寄り添った作品と聞けば、大体オチは読める気がします。しますが、物議を醸す結末なのは確実です。この前、ナタリア・ダイアー主演の楽しく健全な性教育コメディ"ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書"の記事を書きましたが、その中で、監督のカレン・メインのテーマがカトリック教徒の性に対する態度への批判であると述べました。それには人工妊娠中絶の話も含まれますが、今回の"Swallow"も最終的にはそこに行き着きます。

この"Swallow"は「デヴィッド・フィンチャーを彷彿させる」なんて言われたりしてますが、個人的にはそれよりも温かいものだと思いました(フィンチャーは普通に好きです)。フィンチャー作品ってユーモア少なめで寒々しい雰囲気じゃないですか? あまり画面が感情的にならないし。本作はヘイリー・ベネットの心境によって画面もウキウキしたりします。予告の時点では、映像に対してHeiroも冷たくて鋭い印象を抱きましたが、実際観てみると決定的に違いました。ついでに、Heiroはこれはホラーとは言いづらいとも思いました。

 

 

あらすじ

玉の輿に乗り、他人が羨む生活を手に入れたかのように見えるハンター。しかし夫や義理の両親はハンターをいわゆるトロフィーワイフとしてしか扱わない。精神的に孤独な生活に耐えるうちにハンターは妊娠するが、やはり夫らの関心は子どもにのみ注がれる。満たされないハンターは異物を口にしたい衝動に駆られるようになる。その欲望は次第にエスカレートし、より危険な物に手を出すようになって……。

 

キャスト・スタッフ

監督はこれが長編デビューとなるカーロ・ミラベラ=デイヴィス。

主演は"ガール・オン・ザ・トレイン"などのヘイリー・ベネット。他。ヘイリー・ベネットは製作総指揮にもクレジットされています。

 

 

「食べちゃいたいほどかわいい」という言い回しがあります。考えてみれば、何でそんな言葉があるんでしょうかね。カニバリズムは我々の暗い欲望だとでも言うのか……へへ、そんなバカな。

調べてみますと、心理学ではかわいいモノに対して傷つけない程度に攻撃したくなる「キュート・アグレッション」という衝動があると言われているそうです。確かに、ぷにぷにほっぺはつねりたくなるし、モフモフあればわしゃわしゃしたくなりますわな。でもじゃあビー玉とか画鋲ってかわいいんですかって話で。

……最初はそう思っていましたが、だんだんハンターに感情移入できてくる不思議な映画でした。飲み込みたくはならないけど。

 

ハンターはコンラッド家に嫁ぎ、御曹司のリッチーの妻になります。リッチーは遅くまで仕事でいないので、日中は豪邸に独りぼっちのロンリーハートなハンター(ちなみに昔"愛すれど心さびしく(The Heart Is a Lonely Hunter)"という映画があった。関係ないけど。観てもないけど)。遅い夕食でハンターが「今私幸せよ」と語りかけても、スマホばっか見て「何か言った?」とか抜かすリッチー。リッチーは父親の会社でどんどん出世し、ハンターも妊娠。リッチーの両親を交え4人でのお祝いディナー時、リッチーが超KYなことに良かれと思ってかハンターに昔体験した面白話をするよう急かし、嫌がりながらも話し始めるとリッチー父が割り込み、ハンターを置いてけぼりにして仕事の話にシフト。

本当にハンターが不憫すぎてヤメロヤメロヤメロと脳内で繰り返したオープニングでした。話聞かないヤツって最低だよね!! 無視されて呆然とするハンターの視界に入るのはテーブルのお冷。じっと見つめていると氷が微かに回り始めるんですが、これすごく映像的快感があって悶絶しました。いきなりコップに指を突っ込んで氷を取り出すところは皆にバレなかったものの、豪快にガリガリかじったところでリッチーらに気づかれドン引きされるハンター。その後、リッチーの母からもらった自己啓発本に「毎日思いもよらないことに挑戦してみよう」と書いてあったことから異食行為がエスカレートしていきます。

すごいのは、飲まれる対象が「僕を飲んで」とでも言ってるように見える演出がされているところです。ハンターがそれを見つめると、対象のアップで囁き声みたいな音が挿入されるんですよね。呼ばれている感じです。しかもそれを見つめるヘイリー・ベネットの色っぽいこと……。熱視線です。恋してる感じです。最初はビー玉で、まあ正直これならイケそうだって感じなんですが、次はいきなり画鋲です。鰻の骨が刺さっただけでも悶絶モノなのに! そして次は単3乾電池……これは気力充電的な意味もあるのかもね。挙句の果てはドライバーまで……。

次々に「思いもよらないこと」を実践できているハンターは気力と笑顔を取り戻していきますが、同時に画面も明るくウキウキポカポカし始めます。本作にはブラックコメディのテイストはないんですが、異食行為をユーモラスに描くようになるんですよ! 土を食べるとことか、スナック食べてるみたいでむしろかわいい。異常行為というよりも抑圧に対する抵抗に見えるように描かれています。このあたりの温かさがHeiroがデヴィッド・フィンチャーとは違うと感じたところですね。"ゴーン・ガール"はある夫婦の悲喜劇で、どっちにも感情移入できないままトンデモ夫婦を外から眺める面白さがありました。でも本作の場合は、完全に画面がハンターの心情に寄り添っています。ホラーと言いづらいというのはこの部分で、ハンターは別に他人には危害を加えないし、観客はハンターに強く感情移入し気持ちが分かるような気になっていきます。もちろん異食行為を見てギョッとはしますが、「ヤバいヤツだ!」と遠ざけたくはなくなるんですよ。また、"ゴーン・ガール"は夫婦であっても相手を支配しようとするマインドゲームの話でしたが、本作は支配からの脱却の話でしたね。自分の身体の所有権を取り戻すまでの話。

本作は一般的にはサイコスリラーとカテゴライズしても間違いではないでしょうが、それって狂人の狂気を外から眺める観客側の論理じゃないですか。"ゴーン・ガール"はサイコスリラーですけど、本作はもっと観客が主人公の立場に立てる映画になってますね。このブログでは便宜上この作品をホラー・スリラー扱いしてしまっていますけど、カテゴライズしにくい……というか、する必要がない映画だと思います。

異食行為に関してもそうで、ブラックコメディ的にでなくそれを明るく描くのは決してハンターを批判していないからですよね。この映画を観る時に、医者がするような客観的な診断は必要ないんです。「あっ、異食症患者だ」みたいなね。そもそも、カーロ・ミラベラ=デイヴィスは自身の祖母の人生から本作のアイディアを思いついたわけですから。

監督の祖母イーディスは1950年代に幸運な結婚生活を送っておらず、その抑圧的な環境に耐えられずに手を洗い続ける強迫性障害、俗に言うアライグマ症候群になりました。そして精神病院に入れられ、ロボトミー手術をされてしまいました。ロボトミーがいかにひどいものかは"カッコーの巣の上で"でも描かれていましたね。本作は祖母の弔い合戦のようなものなのかも(ハンターも入院させられそうになりますが逃げだしますし)。さらに監督自身、過去に4年間女性として生活したことがあり、その経験から女性がどれだけ社会から抑圧されているかを学んだと話しています。自身の性別は流動的であるとも。そりゃこういう枠にとらわれない作品にもなりますって。

デビュー作にしてシリアスさだけでなくユーモアも兼ね備えた、軽やかで堂々たる作品を作った作家で記憶に新しいのは、"ブラインドスポッティング"のカルロス・ロペス・エストラーダですね。あれはHeiroの2019年ベストランキングに入ります。って、カーロ・ミラベラ=デイヴィスと名前もほとんど同じだな! あと、"サラブレッド"のコリー・フィンリーも。"サラブレッド"も2019ベスト入りますね……。みんな今後に超期待の作家です。

 

妊娠がきっかけで異食症(pica, ピカ/パイカ)になってしまうことは割とあると言われますよね。鉄分不足を補うためか、氷とか土を食べることも(ちなみに土を食べる食文化もあるとか……まじ?)。土はまだ良いとして、鉄分不足と氷がイマイチ繋がりませんが、現在でも詳しいメカニズムは不明なようです。しかし、ラットにも同じ症状が現れるとのこと。うーん興味深い。本作を観るまでは、「飲み込み」は主にリストカット的な自傷行為として行っているのかなと思っていましたが、実際は他にも複数の意味が込められてましたね。swallowはご存じ「飲み込む」という意味ですが、日本語と同じく「我慢する」という意味も含むようです。ずっと我慢するだけで吐き出すことができなかったハンターは、異食症になって初めて吐き出す……というか排出することを知ります。出した物をキレイにして飾るのは、それが偉業の証であるとともに、偽りない自分の気持ちの吐露でもあるからでしょう。そうやって自己肯定感・自己効力感を高めようとしているのです。

 

後半、ハンターが実は母親がレイプされて産まれた子であることが判明します。夫らからの抑圧だけでなく、ハンターが抱えたこのトラウマにも異食症のトリガーがあったとするこの設定はどのように機能しているのか、本当に必要なのか最初は分かりませんでしたが、ちょっと考えて一つの結論に辿り着きました。

ハンターは厳格なカトリックの家庭で育ったという設定です。厳格なカトリックでは、人工妊娠中絶は禁止です。それがレイプによる妊娠でも。本作の中で唯一親切な看護師のルエイさんの助けを借りてリッチーから逃げられたハンターが実の母親に電話して助けを求めるシーンがありますが、「妹夫婦が来ているから部屋がない」と断られます。実際たまたまタイミングが悪かったのか、ハンターと距離を置いているのかは不明です。ハンターの母親のように、カトリックであるために望まない妊娠をしても産まざるを得なかった方の気持ちは想像もできませんが、少なくともハンターはにべもなく断られたように、苛立った反応をします。そしてそのまま自分の母親をレイプした男の元へ行く決意をします。その男に対し自分の正体を明かし、「自分と違って君は罪深い存在ではない」という言葉が聞けたことでハンターは解放されます。

これは完全にHeiroが勝手に思っていることですが、このハンターの出自について、「レイプで産まれた子」というところは単純にストーリー上の設定に過ぎないと捉えています。本当に監督が言いたかったことはそこじゃなく、「女性は罪深い存在ではない」という部分なんじゃないでしょうか。日本も男尊女卑的な社会ですから、女性だというだけで謂れのない差別を受けることが残念ながらありますよね。監督も自分の身をもってそれを経験したわけで、ハンターを通して「それはあなたに原因があるんじゃないから、恥じないで良いんだよ」というメッセージを女性たちに伝えたかったのではと思いますね。

 

リッチー家族以外の人物も、ハンターに対する女性差別的な扱いをしています。ある日、リッチーの同僚が家に来るんですが、酔った勢いでハンターにキス……は迫れずハグしてほしいと頼みます。自分でも「キスしてと言えるほど酔ってない」とか抜かす始末。キモい。一度は拒否するハンターですが、実際にハグしてみるとすごく安心したような顔をします。終わった後、「ありがとう」というのはハンターの方でした。リッチーとは長らくそのようなコミュニケーションがなかったのでしょうか。まあ妊娠はしてるから……(ゴニョゴニョ)ですが、それもある意味リッチーらからすればハンターの義務のようなものですからね。情緒的な結びつきはなかったのかもしれません。普通の映画だとここから不倫が始まりますが、これ普通の映画じゃないからね。人の体温を感じて満足そうなハンターが切ないんですが、後でそいつは女性なら誰にでもハグを迫るただのキモいハグ魔であることが判明します。お前は"Promising Young Woman"の方に出てろ(こっちも今度紹介しますね)!

結局リッチーはハンターの出自を知らされても話し合いもせずジムに行くようなヤツで、ハンターを子どもを産む機械としか思っていないんですね。トラウマから解放されたハンターは中絶薬を飲み、リッチーとの最後の繋がりを対外に排出することを選びます。もちろんこのラストに批判的な人がいても良いと思うし、実際Heiroも何の躊躇もなく受け入れられてるわけではないです。でも、この作品はフィクションなので不謹慎なのを覚悟して言いますが、このラストはこれまでのハンターの「飲む→出す」の流れを踏襲していて、さらにハンターが自分の身体を取り戻すという同一の目的を達成できる、非常に無駄がなく美しい必然的な帰結です。最初にも言いましたが、メタファーがストーリーにうまく取り込まれていると、「ラストはこうなるしかないよね」とオチが読めることがあります。昔はHeiroも、よくいるどんでん返し至上主義者のひとりだったんですが、最近は本作のように「これしかない!」ってオチに痺れますね。中絶を扱ったコメディ映画も見てみたいなあ。

男性側が女性に罪の意識を植え付ける方法は違うんですが、ヘイリーが以前出演した"ガール・オン・ザ・トレイン"もそういう話でした。そっちは"透明人間"と同じガスライティング(加害者が被害者を騙し、被害者側に責任があると思い込ませる行為)を取り上げていましたね。ハンターは、夫やレイプ犯に自分の人生をコントロールされることだけは飲み下せなかったのです。

 

結局、Hunterって名前の由来は分からなかったよ。最後に。Heiroが好きなアメリカのYouTuberミュージシャンでマリンダ・キャスリーン・リース(Malinda Kathleen Reese)という人がいます。彼女は普段は主にGoogle翻訳を使って既存の曲のおかしな替え歌などを作っているんですが、たまにアンチコメントやダジャレを使った笑える曲も作ってます。マリンダが言われた誉め言葉で歌詞が作られた曲もあって、その中にステキな言葉があったので、ここまで読んでくださったあなたに贈ります。

 

Never stop being who you are!

決してあなた自身でいることを止めないで!

 

 

★★★★★★★★  8/10点

 

Rotten Tomatoes  89%,72%

IMDb  6.5

"ブラック・クリスマス"よ。これが本当のフェミニズム映画じゃないのかね!