Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~(Sound of Metal)"(2019)

我々は皆、音依存症である

 

公式トレイラー(日本語字幕なし!)


Sound of Metal – Official Trailer | Prime Video

 

NETFLIXもそうですが、Amazon Originalもなかなか面白い作品を出してますね! 以前観た"ヴァスト・オブ・ナイト"も変わったSFスリラーでした。「映画は映画館で観ないと」というガチ勢の方もいらっしゃるでしょうが、配信でしか観られない映画というのも乙なもの。本作は去年のトロント国際映画祭でお披露目されており、すでに大好評だったのを知っていたので、配信は嬉しかったですね。本作のエンドクレジットにドロシー・マーダーという人物への献辞がありますが、ドロシーとは60代で抗生物質のせいで薬剤性の難聴になってしまったダリウス・マーダー監督の祖母のようです。まあ、そういった難聴でなくとも、昔は聞こえたはずの音が今はもう聞こえないという経験は多くの人がしているでしょう。Heiroももうモスキート音が聞こえなくなって久しいです。毎日イヤホンでメタル聴いてもいますし、耳へのダメージ蓄積されてるのかなぁ……。タイトルの「サウンド・オブ・メタル」とは何の音のことなんでしょう。きっと皆さんが抱く先入観とは真逆の内容の映画ですよ。

 

あらすじ

元ドラッグ依存症でドラマーのルーベンは恋人のルーと一緒に音楽ユニットを組み、家代わりのトレーラーで各地を回りながらライヴをすることで生計を立てていた。しかしある時、常に大音量にさらされる環境にいたことがたたり、突発的な難聴に襲われる。ルーはルーベンに音楽活動を諦め、ろう者のコミュニティでの生活を勧めるのだが……。

 

キャスト・スタッフ

監督は、デレク・シアンフランスの"プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命"の脚本を手掛けたダリウス・マーダー。デレク・シアンフランスは本作の原案も出しているらしい。

ルーベン役に"ナイトクローラー"のリズ・アーメッド。ルー役に"レディ・プレイヤー1"のオリヴィア・クック。ルーの父役にマチュー・アマルリック。他。

 

 

夜中にかかってくる電話とか朝の目覚まし時計の音って非常に暴力的ですよね。特に電話なんてこちらの都合は考えずにかかってきますから、とても一方的で強制的なコミュニケーション要請方法ですよね。しかしこの映画を観て考えが変わりました。音という音すべてが暴力的だと言えるのではないでしょうか。こちらの都合と関係なく常に数十、数百、数千の音がそこら中で鳴っているというのは、よく考えれば不思議なことですね。耳に入ってくる音のほとんどは拒絶できませんし。我々の脳は超大量の情報を処理し続けているんだなあと改めて実感。

 

ルーベンとルーがやってる音楽はメタル……なのかなあ。2人組なのでルーがギター・ヴォーカル、ルーベンがドラムのコンパクトな構成です。メロディーらしいものはあまりなく、基本シャウト。アヴァンギャルドな感じですかね。オリヴィア・クックが吹き替えなしで歌ってるんでしょうね……あまりイメージに合わない歌い方です(笑)。

ルーベンにはルーしかおらず、ルーにはルーベンしかいません。ルーの腕にはリストカットの跡があり、ストレスを感じると腕を掻き始めます。2人は共依存的な関係で、RubenとLouだけに、ヘッドホンのRとLのように切っても切り離せない関係なのかと思わせます。しかし、ルーベンの聴力に異常が出るとすぐにドラム活動を辞めさせ、失った聴力が戻らないと分かるとすぐにろう者のコミュニティで生活するよう勧めるルーの愛の強さに感銘を受けました。ルーベンはなかなかその提案には乗れないんですけどね。

ろう者コミュニティの描写も興味深くて、アルコールとか薬物依存症の自助グループみたいな感じでしたね。外部との接触も断たせたりして。音が聞こえない生活に慣れさせるためなんですが、さながら音依存症の治療のようです。まあルーベンは元ドラッグ依存症だし、コミュニティの責任者ジョーのパソコンを勝手に借りてルーの近況を調べたりするんですが(笑)。

 

劇中の時間経過が分かりにくいんですが、月日が経ってルーベンはコミュニティの生活に慣れていきます。手話も覚えて仲間との関係も良くなりますが、どうしても人工内耳のインプラント手術を諦められません。失聴をハンデとは捉えないことを信条とするコミュニティとは袂を分かち、結局全財産である音楽機材やトレイラーを売っ払ったお金で手術を受けますが、人工内耳によって聞こえるのは以前聞こえていた音とはまるで別物。この音が電子音というか金属音のような響きでかなり不快感があります。これがサウンド・オブ・メタルかと! この映画、ルーベンの聴覚体験を観客にも味わわせるように作られているので、音の表現がすごいです。

手術を終えたルーベンは、現在ルーのいる、彼女の父親が住んでいるフランスへ。ルーは彼女なりに上手くやっているらしく、見違えるように健康そうになっていました。ここでやっといつものオリヴィア・クックに(笑)。ルーベンは以前のようにライヴハウスを回ろうと提案しますが、そうするとルーはまた腕を掻き始めます。おそらく共依存というより、どちらかというとルーベンがルーに対して依存していたんでしょう。自分との関係自体が彼女を苦しめていると悟ったルーベンは、ルーがいたから救われたと言って、彼女を解放します。役者同士は一回り歳が離れてます(!)が、お似合いのカップルだったので、また一緒になる結末はなかったのかと切なくなりますが、しょうがないのかな……。朝になり、ルーのもとを去ったルーベンは朝の喧騒にさらされます。ここで印象的なのは大きな鐘の音ですね。サウンド・オブ・メタルです。耐えられなくなったルーベンは人工内耳を外し、音のない世界へ。ここで画面は朝の太陽を映しますが、これが効果的で音がなくなった世界が美しく見えます。ルーベンはそれまでとうってかわって穏やかな、しかしそれ以外の何かも含んだような表情になりエンディング。

ルーベンは、常に何かに逃げる人生だったのかもしれません。ドラッグに。ルーに。でもこの静寂を得て初めて、自分と対話するきっかけを手に入れたと。人工内耳の必要性について論じたい映画ではなくて、拡大解釈かもしれませんが、当たり前にあると思っていた大事なものを失った時にどう生きていくかを描いた映画とも言えます。二度と戻らないもののことばかり考えていてもしょうがない。前を向かないと。この先のルーベンの人生は楽じゃないでしょうが、清々しいエンディングでありました。

 

 

★★★★★★★  7/10点

 

Rotten Tomatoes  97%,90%

IMDb  7.8

今年を代表する1本と言えるね。