Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"もう終わりにしよう。(I'm Thinking of Ending Things)"(2020) Review!

もう終わりにしてくれ。

(※ジェームズ・マンゴールドデヴィッド・リンチエイドリアン・ラインデヴィッド・フィンチャーJ・A・バヨナ今敏のアノ作品ら……と、"ウルフ・アワー"と"ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー"と"ミスター・ノーバディ"と"アノマリサ"の内容に触れています)

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公式トレイラー


チャーリー・カウフマン監督作『もう終わりにしよう。』予告編 - Netflix

 

NETFLIXオリジナル作品。 今年イチ訳わかめ映画が来てしまいました。何せ監督があのチャーリー・カウフマンですから。スパイク・ジョーンズの"マルコヴィッチの穴"や"エターナル・サンシャイン"の脚本を書いたことで有名ですが、監督として"脳内ニューヨーク"や"アノマリサ"といった作品も手掛けています。この作品を見始めてしばらくはあまりにも意味分からなすぎて困りましたが、2時間強のランニングタイムを生き延びてようやく輪郭がつかめました。作中で他アート作品に対する引用が多く、それらを知らないと内容が分からない映画になっているので、かなりの映画通、カルチャー通でないと細かく理解するのは難しいでしょう。そこのところは映画評論家の町山智浩さんが有料の解説動画を出しているので、興味のある方はぜひ! さすがの内容でした。なので、この記事では映画の紹介にとどめます。

 

あらすじ

ある若い女性が恋人ジェイクの両親に挨拶するため、辺鄙な場所にある彼の実家を目指す。雪の中、ひたすら運転を続けるジェイクを横目に、女性は「この関係をもう終わりにしよう。」と考え続ける。実家に着いて彼の両親に迎えられるが、その様子があまりにも奇妙で……。

 

キャスト・スタッフ

監督・脚本はチャーリー・カウフマン

主人公の若い女性役に"ワイルド・ローズ"のジェシー・バックリー。ジェイク役には"ザ・マスター"のジェシー・プレモンス。ジェイクの母役に"ヘレディタリー/継承"のトニ・コレット。ジェイクの父役には"ハリー・ポッター"シリーズのデヴィッド・シューリス

 

 

はい。完全にホラーです。最近観たどのホラーよりも不気味な雰囲気が画面を支配していました。たまたまでしょうが主人公カップルを演じる2人がどちらもジェシーという名前なのも奇妙ですね。スペルは微妙に違うんですけど。初めはジェシー(主人公には名前がないので便宜上ジェシーと呼びます)がジェイクと結婚したくないのに彼の実家に行かなければならなくなり、その後ろめたさから全てが恐ろしく見える……みたいなホラーだと思ってました。犬がずっと体を震わせていたり、ジェイクの両親が不気味に見えたり。トニ・コレットが非常に情緒不安定で、"ヘレディタリー"を想起させますし。"ヘレディタリー"とタメ張ってる食卓シーンもありますし(笑)。デヴィッド・シューリス認知症っぽくて、斜め上を向きながら話しかけてくる感じが気持ち悪かったですね(笑)。このジェイクの実家では色んな不条理なことが起こります。まずジェイクの両親がシーンによって年老いたり若返ったり……死んだりもします。犬がずっと震えてると思ったら今度は棚に犬の骨壺があったり。なぜかジェシーの幼い頃の写真が飾ってあったり。

ジェシーは一番最初はルーシーという名前で呼ばれています。じゃあなぜクレジットに「ルーシー役 ジェシー・バックリー」と書かれていないのか。ストーリーが進むとジェシーはルイーザやイヴォンヌと呼ばれたりします。でもジェシーはそれについて聞き返したりしないで受け容れているんですよね。さらに、度々ジェシースマホには電話がかかってくるんですが、それが毎回自分の名前の人物からなんですよ。しかも、出てみると誰か分からない男の声で。イヴォンヌという名前は、劇中劇として登場するロバート・ゼメキスのラブコメ(実在しません。笑)の主役であるコルビー・ミニフィ("ザ・ボーイズ"のアシュリー!!)の役名でもあります。そしてジェシーが物理学専攻の学生になったり画家になったりします。何だよこの映画!!!

 

ジェシーの話がメインに見えますが、時々、どこかの学校の用務員のおじいさんのシーンが挿入されます。この人とジェシーのストーリーはどこで絡むのか? 絡みません。用務員さんとジェシーは同じ次元にいないからです。実は用務員さん以外の登場人物はすべて用務員さんの頭の中にしかいません。有り体に言えば妄想ですが、用務員さんは統合失調症らしい感じがあるのでとても病的です(妄想はそもそも医学用語ですけど)。あまりにも不自然な編集がされていたりしますからね。すべてが妄想と言うより、回想も多分に含まれているでしょうからエラいことになっています。ジェシーは実在した憧れの人だったのかもしれませんね。表面上このギミックとよく似たことをしてるのがジェームズ・マンゴールドの"アイデンティティー"ですね。あのオチを初めて観た時はぶっ飛びました。しかも死を前にしての妄想なんですよね。これはデヴィッド・リンチの"マルホランド・ドライブ"。原作にもある描写なのかもしれませんが、犬が震えている場面はエイドリアン・ラインの"ジェイコブス・ラダー"のホラー場面っぽい。主人公(ジェシー)に名前がないのは"ファイト・クラブ"っぽい。Heiroが最初に思ったように、交際相手への両親への挨拶ホラーと捉えた人は、デヴィッド・リンチでは"イレイザーヘッド"、デヴィッド・フィンチャーでは"ゴーン・ガール"を思い出すかも。ジェシーにかかってくる電話は、"ウルフ・アワー"における現実の呼び声であるブザーと同じですね。様々な年代のジェイクの両親が現れたりジェシーの記憶が曖昧になっていくところは"ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー"を思い出しました。幽霊というものを人間の外部でなく内部に存在する現象であると考えるなら、本作も立派なゴーストストーリーでありましょう。用務員さんが長年閉じこもっていた自らの頭の中の世界から現実へ踏み出していくのには相当の不安があったでしょうから、これだけホラーなテイストになったんだと思います。

ただ、ユーモラスなシーンもあるにはあって、ジェシーがジェイクの母親からチョコケーキをもらい、自分は食べずにジェイクにあーんするシーンではチャップリンの"モダン・タイムス"を思い出して笑っちゃいました。

 

色んな方の感想を見てますと、エンディングをポジティブに捉える人もいるみたいで驚きました。Heiroには上記のように不条理な超不気味ホラーに見えたし、後半普通の映画だとありえないくらいに画面が暗くなっていくんですよ。これは妄想の世界に閉じこもっている用務員さんが乗っている車を雪が覆いつくしていくからのようなんですが、結局これ自殺の話ですからね。生きながら蛆虫に喰われた豚が出てきますが、この用務員さんはそれと同じく生きながら死んでいるゾンビ状態なんですね。それでついに死の方を選ぶという。"ミスター・ノーバディ"もジャレッド・レトの妄想(というかフラッシュフォワード)の話ですがあちらは無限に開けた可能性を描いていたのに対し、こちらはすべての可能性を閉じる話ですからね……。"永遠のこどもたち"のように死後の世界に救いを見出しての自殺でもないですし。"千年女優"のように完璧ではなかった人生を総括して肯定する話でもないですし。やはり後味は"マルホランド・ドライブ"と似ていて、非常に悲しく寒々しい気分になります。ラストのブラックアウトならぬブルーアウトするシーンではあまりの気味悪さに身の毛がよだつ思いがしましたね。どうしてもポジティブには捉えきれません。だってチャーリー・カウフマンって前に"アノマリサ"撮った人ですよ。他人が皆同じ顔に見える主人公がただ一人違う顔の女性に出会い、運命の人だ……と思ったら、手に入れた瞬間に他の人と同じじゃん……って絶望する話ですよ。基本的にチャーリー・カウフマンは悲観的と言うか皮肉屋なんだと思います。"脳内ニューヨーク"は未見なんですけど! でも少なくとも、用務員さんに対してジャッジする視線はなく、特別肯定はせずとも否定もしていない映画だと感じました。ひとりの妄想しがちな観客としてはそれをありがたく思いつつ、常にチャレンジし続けなければ……とヒヤヒヤしました(笑)。

 

楽しみを求めて本作を見ると確実に裏切られます。大抵の人にはピンとこないであろう難解な会話が映画の大半なので、画面的に退屈になっている場面もそれなりにありました。でもかなり独特だし、恐怖は下手なホラーより、いや上等なホラーと比べても遜色ないほどひしひしと感じました。やはり監督として才能があると思います。これからもホラーを……いや、ホラーじゃないのを作ってもたぶんホラー味になるでしょう(笑)。期待です。

 

最後に、完全に私事ですが、劇中のソフトクリーム屋さんで発疹のある店員を演じていたアビー・クインが超タイプでした。はい、もう終わりにしよう。

 

 

★★★★★★☆  6.5/10点

 

Rotten Tomatoes  81%,47%

IMDb  6.7

ホラーと思って観るのがオススメ。