Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"シー・フィーバー 深海の怪物(Sea Fever)"(2019) Review!

シー(版キャビン)フィーバー

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公式トレイラー


映画 『シー・フィーバー 深海の怪物』 公式予告

 

2019年のトロント国際映画祭でお披露目されて批評家から評価されてたので注目してましたら、この度無事日本上陸しました。DVDスルーですが、贅沢は言うまい。

ないわけじゃないけどそんなには多くないアイルランドのホラーです。これまで見たアイルランド産ホラーと言えば、今年だとA24配給の"ホール・イン・ザ・グラウンド"、エレン……もとい、エリオット・ペイジ(カミングアウトGJ!)出演の"CURED キュアード"とかですかね。それより以前には、B級SFホラーの"グラバーズ"、ガチ黒魔術ホラーの"ドント・イット"(原題"A Dark Song"。邦題が色んな意味でヒドすぎる!)、悪人ではないソシオパス少年が本物の殺人鬼と対決することになる"アイム・ノット・シリアルキラー"とか観ましたね。少なくとも上に挙げた作品たちは皆一癖も二癖もありましたよ。あ、アイルランド関係ない話になりますが、"アイム・ノット・シリアルキラー"の主人公の設定は非常にフレッシュでしたが、昨年の作品でオリヴィア・クックがサイコパス的な主人公を演じた"サラブレッド"の方がどストライクでしたね。これは今度記事にしたいと思います。

 

アイルランドってどんなイメージですか。Heiroが思いつくのはせいぜいケルト音楽とかケルト神話とかリバーダンスくらい。エンヤとかですよ。オリノコ・フロウですよ。この前取り上げた"ワイルド・ローズ"のジェシー・バックリーもアイルランド人のようですね。後は言わずもがな、シアーシャ・ローナン。シアーシャ(Saoirse)って聞きなれない名前ですが、アイルランドゲール語で「自由(Freedom)」を意味しているようです。Saoirseというスペルが何でシアーシャになるのか分かりませんが、aoは「イー」という音になるようです。良い機会だと思って色んなサイトやアイルランド人の作った動画に当たってみた結果、Seer-Sha(スィアーシャ)と発音されてる場合が多かったですね。シアーシャ・ローナンが自分の名前の発音についてレクチャーしている動画があまりに多すぎてかわいそうでした(笑)。「ソーシー」とか「スカーシャ」なんて読み間違われ方もされたよう。シアーシャ自身の発音は「サーシャ」に近いように聞こえます。リリー・コリンズ似のアイリッシュYouTuberさんの動画を見てみると、「スィアーシャ」と発音した後に「私見だけど、シアーシャ・ローナン自身の発音は間違ってると思う」と言ってました。

シアーシャが出演した"ロスト・リバー"を監督したライアン・ゴズリングは、2016年のハリウッド映画賞でシアーシャの名前の発音を皆に知らせるためにスピーチしてるんですが、「サーシャ(Ser-Sha)だよ、Inertia (イナーシャ、慣性のこと)みたいな感じ」と言ってます。その後すぐになぜかローナンをローヘンと言い間違えるポカをやらかすのがかわいいんですけど(笑)

じゃあ「サーシャ」が正しいのか? マーゴット・ロビーとコラボしているWIREDの動画で、シアーシャは「本当の発音はSeer-Sha(多分こう言ってる)だけどアメリカ人やイギリス人にはSir-Sha(多分! Ser-Shaかも)とかSur-Sha(多分!!)の方が言いやすいかも」と言ってますね。Heiroには全部「サーシャ」に聞こえますが(笑) 強いて言えば、最初の「サーシャ」はかすかに「スィアーシャ」っぽく聞こえます。後の2つに比べると「ア」の音が奥ゆかしい感じです。後のは完全に「サーシャ」に聞こえます。2番目は暗い「ア」、最後のは明るい「ア」な感じ。日本語と違ってやっぱり発音難しいなと思ったら、オーストラリア人のマーゴット・ロビーにも違いが分かっていなくて笑いました。ライアン・ゴズリングはカナダ人なんですけどね。その後もシアーシャはちょくちょくライアンが言っていた「Ser-Sha, like inertia」というフレーズを使っているので、他国の人に向けては「サーシャ」で妥協することにしたのかもしれません。ちなみに、エレン・デジェネレスの番組では「Sur-Sha」と書かれたプラカードを持たされたりしてました。

「サーシャ(Ser-ShaやSir-ShaやSur-Sha)」と呼ぶよりは、カタカナ発音で「スィアーシャ」と呼ぶ方が原音に近い気がします。シアーシャ・ローナンという表記もけっこう健闘してる方じゃないですかね。カタカナ表記も捨てたもんじゃないです。でもMargot Robbieの発音は本当は「マーゴ・ロビー」に近いので、カタカナ表記は「だってtがあるやん」と視覚に頼りきったミスを犯してます。本当に大切な物は目に見えないんだぞ! こういう一歩進んで一歩退がるのが日本人のいじらしいところ。まあ、この記事でいきなりスィアーシャ・ローナンとかマーゴ・ロビーなんて意識高い表記し始めるのも何なんで、既存の表記を使います。事なかれ主義なのが日本人の嫌らしいところ。

何にせよ、アイルランドゲール語って見た目はお馴染みのアルファベットでありながら、ローマ字や英語に慣れた我々の直感に反した読みをすることが多いので、非常に好奇心を刺激されますね。英語とはまったく単語も違いますし。ミステリアス。

さっきアイリッシュ・ホラーの話をしましたが、今年観た中でかなり良かった映画で、"ナイチンゲール"という作品がありました。舞台はオーストラリアで、ホラー・スリラー的な要素のある歴史ものだったんですが、主人公がアイルランド人でそれを演じた女優もアイルランド人でした。Aisling Franciosiという名前で、日本だと公式が「アイスリング・フランシオシ」と表記してます。やはりローマ字読みに近い表記になってしまうのか。これも色んな動画などを参照した結果、実際は「アシュリン・フランツィオージ」が一番近いと思います。思いますが、日本ですでに広がっている別の表記の「アシュリン・フランシオーシ」を使うことにします。ちなみに、allcinemaのサイトでは「アシュリン・フランチオージ」表記になってます。偉い! でも広まってないのが残念。"ナイチンゲール"に関しても、近いうちに記事にしたいと思います。

 

映画の本筋と関係ない話を長々としてしまいました。何故かって、"シー・フィーバー"の主人公の名前がシヴォーンというんですが、スペルがSiobhánなんですよ。シオバハンとか読んではいけませんよ。また、Niamhという名前も出てきます。何と読むでしょう? 「ニーアム」と呼んだそこのあなた! そう、ニーアム・リーソンとかいるからね……ってそりゃリーアム・ニーソンだよ! Niamhはニーヴと読むそうです。しかも女性名です。字幕ではニームになってた気がしますけど。他にはCiara(キーラだけど字幕ではキアラになってた)、Freya(フレイヤ)という名前も……と言うか、女性キャラは皆あまり見かけない名前でしたね。フレイヤ北欧神話の女神の名前ですが、普通にイギリスでも人気の名前のようです。名前を聞くだけでエキゾチックな気分になれる映画でした。ここまでで3000字なんですが……さて本題。

 

あらすじ

人付き合いが苦手な女学生のシヴォーンは、海洋生物学の博士号取得のため深海生物の実地調査に乗り出す。船を出してくれた船長は生活に困っており、大漁を求め船員に内緒で航海禁止ゾーンに出てしまう。するといきなり船が止まり、船員らは船底の木が腐食しスライム状の液体が染み出してきているのを確認する。船を襲った者の正体を知るべくシヴォーンが潜水すると、眼下には無数の触手を蠢かせる未知の巨大生物が横たわっていた……。

 

キャスト・スタッフ

監督・脚本アイルランド出身のナッサ・ハーディマン。

シヴォーン役に"スター・ウォーズ/最後のジェダイ"のハーマイオニー・コーフィールド。船長の奥さん、フレイヤ役に"ワンダーウーマン"などのコニー・ニールセン。他。

 

 

監督の名前もアイリッシュネームのようですね。Neasaと書いてニーサとかネッサではなくナッサと読むようです。色んなところで「ニーサ・ハーディマン」と表記されていますが、allcinemaでは「ナッサ・ハーディマン」と書かれています。さすがだ!!

Sea Feverというのは、辞書的には「海への憧れ」という意味らしいです。お熱だということですね。今作では、ずっと船に閉じこめられるストレスからのパニック症状についてシー・フィーバー(海洋病)と言ってます。でも実際ありそう。

海外だと赤毛差別ってのがあるんですね。知りませんでした。Heiroからすれば普通にきれいだなとしか思わないんですけどね。まあ漁師というのが迷信深い人たちなのかもしれませんが。

シヴォーンが乗り込む船は「ニーヴ・キノール号(Niamh Cin Óir)」。Niamh Cin Óirは普通の英語にすると、Niamh of Golden Hair(金髪のニーヴ)。このニーヴというのはケルト神話の登場人物なんですが、この神話を調べてみると面白いことが分かりました。こんな感じです。

アイルランドを守るフィアナ騎士団の長、フィン・マックールの息子オシーンは、狩りの最中に金髪の絶世の美女ニーヴに出会った。彼女は永遠に若い姿のまま暮らせる常若の国、ティル・ナ・ノーグの姫だった。彼女に見初められたオシーンは、誘われるままにティル・ナ・ノーグへ行き、ニーヴと結婚し幸せに暮らした。3年ほど経って故郷がどうなったか気になったオシーンは一度帰りたいとニーヴに話す。するとニーヴは、『もう故郷は以前のままではありません。もし帰るのなら、この白馬から地上に降りてはいけません。さもないと、二度と私には会えません』と。了解したオシーンが故郷に戻ると、父も城も見当たらず、景色は様変わりしていた。落胆しつつ帰路につく中で、ふとしたことからオシーンが馬から降りると、その姿はたちまち老人に変わってしまった。3年に思えたティル・ナ・ノーグでの滞在時間は、実際は300年を超えていたのだった……。

これ、浦島太郎の話に似すぎ!! ティル・ナ・ノーグ=竜宮城ですよね完全に……。お話としてはそこで終わりで、オシーンを失ったニーヴのその後の話は探しても見つけられませんでしたが、劇中ではプランクトンの発光現象について、ニーヴは海に身を投げたが不死身のために今も金髪が光るという伝説があると言ってましたね。

ニーヴ・キノール号を襲った謎の生命体については船長が巨大イカじゃないかと勘繰るんですが、北欧神話のクラーケンみたいなモンスターでしたね。もちろん寄生虫はこの映画だけの設定ですけど。

寄生虫が体内に入ると、異常な行動をとり始めたりするのが怖いですね。途中でシヴォーンと良い仲になりかけるジョニーは、真下にモンスターがいる大海原のド真ん中でいきなり泳ぎ始めようとします。これはちょっとセイレーンを思い出しました。歌声で船乗りを発狂させ、船を座礁させてしまうという。セイレーンはギリシャ神話らしいですけどね。観たことないですが、映画"八甲田山"の中でも極寒の寒さで発狂して服を脱ぎ始める人が描かれていたとか。さすがにジョニーはシヴォーンらに止められますが、体内での寄生虫増殖がピークに達し、眼球が……。一番のゴア描写はここでしょうね。

船のいたるところに広がってしまった寄生虫を殺すため、船自体に電気を流す作戦を実行しますが、それで焦げてしまった船首像を見てフレイヤが泣きます。亡くなったらしい娘のニーヴの名を付けたこの船を大事に大事にしてるんですね。プランクトンの発光を見るたびに、ニーヴがそこにいるのだと感じていたのでしょう。航行禁止ゾーンに入った船長らが惨劇の元凶ではあるんですが、この船を手放すまいと大漁に賭けたのは分からなくはないです。ただそれを船員たちに伝えないままシヴォーンに怒鳴ったりするところは非常に良くないですが。

感染から発症までは36時間かかるので上陸は様子を見てからだと理性的な意見を述べるシヴォーンと、すぐにでも上陸したい船員たちとで口論になります。このシーン見てビックリしましたね。完全にコロナ予言してる!! 去年の映画なので単純に偶然ではあるんですがね。上陸を防ぐために強引に船のスクリューを壊したシヴォーンにおばあちゃん船員のキーラが顔パンチをお見舞いします。これ見どころ2つ目。船長が自ら航海禁止ゾーンに入ったと白状した後、キーラがシヴォーンにパンチしたことを謝りながら顔をなでている途中で首に手をかけ始めるのも不気味。これも発狂症状だったのでしょうか。

結局船長も感染が発覚。フレイヤに殺してほしいと頼み、実行したフレイヤは一人でボートに乗り脱出してしまいます。ここであっさりニーヴ・キノール号を捨てるのが不思議でしたが、夫を殺したのに耐えられなかったのか、実は感染していて発狂したのか? 分かりません。

寄生虫によって船底が破られ、残されたシヴォーンとオミッドは船に火を放ちゴムボートで脱出しようとしますが、泳げないオミッドが足を滑らせて海に転落。シヴォーンは触手がうねる中に飛び込みオミッドを助けますが、傷を負い感染してしまいます。そこでシヴォーンはニーヴのように海に身を投げることを選ぶんですね。そして海のニーヴの金髪……シヴォーンの赤毛が光ると。全編を通して、迷信を信じない科学者であるシヴォーンの側に立ったストーリーテリングだったのに、最後に迷信を信じたくなるようなこんな幻想的なシーンを持ってくるのはセンスが良いです。

海に飛び込んだシヴォーンが謎の生命体の本体に向かって泳いでいくのも良かったですね。最後まで、科学者らしく「知ること」を諦めなかったのでしょうか。

シヴォーンは生命体が船を襲った理由について、こちらが生命体の縄張りに入ったせいだと冷静に捉えていました。「知的で希少な生物だ」みたいなことを言って、船員に「人間だってそうだ」と言われます。ここにこの作品のテーマがあるような気がしました。相手に攻撃された時、人は相手が悪いと思いがちですが、実はそれは防御のための攻撃だったのかもしれない。ケンカでも、戦争でも、差別問題でも似たようなことはあると思います。まず自分の行動を振り返り、理性的に相手のことを知ろうとする。自分の死の原因を作った相手にもシヴォーンは近づいていきますからね。初めは大学院の仲間との交流も深めようとしなかったシヴォーンが、狭い船の中で船員との交流を迫られるという意味では、シヴォーンの成長物語でもありましたね。恋も知りますし。なので、この映画は哲学SFホラーだと思いました。「哲学」の語源は古代ギリシャ語の「フィロソフィア」。「知を愛する」という意味です。いつでも理性的に、相手のことを知ろうと努めましょう。

こんなエモいエンディングにかかるのは、ロンドンのバンドDaughterの"Shallow"。たまたまiTunesに入っていたのでリピートして聴いてしまいました。すごくこの作品が気に入ったわけじゃないんですが、何故だかラストが印象に残る作品でした。これからもたまにシヴォーンのことを思い出す気がしますね。

 

ところで、フレイヤその後どうなったん?

 

 

★★★★★★☆  6.5/10点

 

Rotten Tomatoes  86%,46%

IMDb  5.7

観客スコアが低いけど、なんつっても地味なんで……。