"ウルフ・アワー(The Wolf Hour)"(2019) Review!
現実が呼んでいる
(※途中で"籠の中の乙女"のネタバレが入ります)
公式トレイラー
これまたヘンな映画を見てしまいました。気になってAmazonレビューを見てみると★1つと悲惨な結果に!(と言ってもレビュアーは2人)
Heiroは、以前に見たある映画に似てるなというところからこの映画の正体が分かった気でいるので、そこまでヒドイ映画ではないんじゃないか?という気持ちでこの記事を書きます。
ただ、低評価をつける人の気持ちも分かります。実際Heiro自身も超面白いと思ったわけではないんで。というのは、これ見た人のほとんどが「思ってたのと違う」と感じただろうと思うんですよ。どういうことなんでしょうね。
さてさて。
あらすじ
舞台は1977年のニューヨーク、サウスブロンクス。女流作家のジューンは過去のトラウマから、猛暑の中アパートの一室に引きこもり無為に過ごす日々を送っていた。ジューンは連日無言でブザーを鳴らされる嫌がらせを受けていたが、巷では「サムの息子」と名乗る連続殺人犯が話題になっており……。
キャスト・スタッフ
監督は"Two Gates of Sleep"(未見)のアリステア・バンクス・グリフィン。
主演は"マルホランド・ドライブ"のナオミ・ワッツで、製作総指揮も兼ねています。他には"Saint Maud"のジェニファー・イーリー、"WAVES/ウェイブス"のケルヴィン・ハリソン・Jr.、"ブルックリン"のエモリー・コーエンなど。けっこう豪華!
今作は「マインドブレイク・スリラー」なんて宣伝されています。"ピエロがお前を嘲笑う"が「マインドファック・ムービー」と言われてたので、似たようなことかと思ったらナオミ・ワッツ演じる主人公の精神がブレイクするという意味のようです。まあ、本作を見た多くの人の精神もブレイクさせたようですが。これ、スリラー言ってますけど、実際はかなり静的で、ほぼ何も起こりません。むしろアート映画に近いものだと思うんですよ。
監督がどれだけ意識したか分かりませんが、映画が始まった瞬間にスパイク・リーのことを思い出しました。ラジオが、「これだけの猛暑なんで何かが起こるかも」みたいなこと言うんですが、これは"ドゥ・ザ・ライト・シング"っぽい。ラストにも暴動が起きて、店の窓ガラスが割られたりしますし。また、"サマー・オブ・サム"でまさにサムの息子が取り上げられています。このスパイク・リーとの関連性はたまたまかも。特に演出が似てるとかそういうこともないと思うし。
冒頭から、ナオミ・ワッツが汗だくで頑張っています。もうアラフィフで、さすがに年齢を感じさせる外見になってはきていますが、変わらず美人です。本作は、ほとんど密室劇なんで、ジューンの内面に寄り添えないと見るのがツラいんですが、気難しいキャラなんで感情移入しにくいんですよね! 長らく執筆活動も出来ていないので金欠のジューンに、お金を貸しに来てくれた友人のマーゴ(ジェニファー・イーリー)を最初部屋に入れてあげようともしませんし。それだけ外界を遮断しています。
ジューンは部屋から一歩も出られないので食材を配達してもらっています。配達員が以前と違うフレディ(ケルヴィン・ハリソン・Jr.)に変わっていて不信感を剥き出しにしますが、フレディが悪い人じゃないので大きな問題になりません。
ジューンはゴミ出しにも行けないので、ゴミ袋にロープを繋いで窓から降ろすことで対処しています。その際に手を滑らせ袋が地面に落ちるところが少ーしだけスリリングですが、誰もケガしないし問題になりません。
無駄に高圧的な大家が家賃回収に来た時も何とか手持ちの額で足りるので、大家はドアスコープ越しにニンマリ。問題になりません。
マーゴが護身用にとジューンに銃を渡すのですが、それっきり銃は出てこないし。
ジューンはブザーの嫌がらせを警察に通報しますが、それで来た警官がキモくて「寂しいんだろ、オレと仲良くなろうぜ」とニヤニヤ。「逃げてー!」な展開ですが、ちょうど警官に呼び出しがかかりセーフ。
人を遠ざけつつも人肌恋しくもあるジューンは、「宅配デート」サービスに連絡。家に来たビリー(エモリー・コーエン)とコトに及び、自らの生い立ちを話し合って打ち解けますが、またブザーが鳴ります。ビリーが「サムの息子なんじゃ?」と驚かすので、「そうその話しろよ! いやまさか……ビリーこそ殺人犯なのか?」と深読みした観客を嘲笑うようにビリーは良い人のまま。この映画のストーリー、サムの息子関係ねーじゃん!!!
しかしそこでビリーが重要なことを言います。
「このブザー、この部屋から出ろって言ってるんじゃないか?」
これが答えですよ! ここで、この映画はやはり寓話なんだと確信しました。このブザーはジューンの心の警鐘、もしくは現実の呼び声なんですね。「いつまでもこのままじゃいられないだろ」という。個人的には暗喩的な話が好きですから好みの方向性ではあるんですが、一番スリラー要素として使えそうだったブザーを排してしまうので、分かりやすいスリラーを期待した人を裏切る展開になります。きっとここが評価の分かれ目でしょうね。
ジューンが引きこもった原因は、自身の父親をモデルに著作『父権社会』を執筆し、それが父親の事業に影響したことで、間接的に父親を死なせてしまったためでした。さらにそのために他の家族から縁まで切られて。『父権社会』というタイトルから、父親は高圧的な人物だったのだろうと予想されますね。タイトルは現実の男尊女卑のメタファーかもしれませんが。そうだとすると、彼女は現実社会そのものに打ちのめされたことになります。それで自分を守るために引きこもったと。あ、ちなみにサムの息子は実際に女性を憎悪し、男性も殺してますが女性を多く殺した犯罪者だそうです。これも女性が男性に虐げられている現実の象徴かも。
最初に、ある映画に似ていると言いましたが、社会から守るために誰かを家に閉じこめるという展開で、ヨルゴス・ランティモスの"籠の中の乙女"を思い出しました。あれはどうかしている父親が汚い社会に娘らを触れさせないように家に閉じこめている話でしたが。今作ではどうにか新作を書き上げそれが無事に出版社に届けられるまでジューンの精神状態は悪化し、それに呼応するように街の状況もひどくなります。行きつく先は大停電と暴動。希望の光は消え失せたかに見えましたが、ジューンは自分の意志で部屋を飛び出し、朝日が昇ります。そして裸足で歩いていく……。
最終的には新作が出版され、傑作認定されてハッピーエンド。以前聞かれたように、この小説は自身がモデルかと聞かれ、意味深そうに口の端を歪ませ、それがラストカットです。以前は父親がモデルだとは告白できなかったので、過去を受け入れ人間としても大きくなったのでしょうね。
"The Wolf Hour(狼の時刻)"とは、おそらくHour of the Wolf(Time of the Wolfとも言うみたい?)のこと。夜と夜明けの境目で、多くの人が死んだり生まれたりする、どちらかと言うと不吉なパワーがあると考えられている時間帯だそうです。時間帯は違いますが、日本にも「逢魔時」や「丑三つ時」という言葉がありますね。似てます。まさにそういったタイトルの映画もあります。イングマール・ベルイマンの"狼の時刻"とか、ミヒャエル・ハネケの"タイム・オブ・ザ・ウルフ"とか。どっちも未見なんで絡めた話できないけど! ま、ジューンがどうにか乗り越えた大停電と暴動のあった時間帯がそれですね。
ジューンのいる部屋はゴミだらけで、ハエがたかってました。途中で、窓際にいるハエが大写しになるカットがあり、部屋から出ようと飛び回るのですが、終盤で窓枠で死んでしまいます。ジューンの未来を暗示しているのか……と思わせておいて、何とかジューンは踏ん張ります。キモ警官のセクハラ描写があるので、『父権社会』が現実への言及なら、女性が一度社会に敗れても、再び立ち上がってほしいというメッセージなのかも。まあ、男性側が自らを省みるのが先なんですが……。
というわけで。
夜明け前が一番暗くて、What doesn't kill you makes you stronger.(あなたを殺さない物があなたを強くする=経験が人を強くする)
そういうことが言いたい作品だったのではないでしょうかねえ。決してメッセージのない映画とは思いませんでしたよ。そんなに面白いとは思いませんでしたが!(念押し)
★★★★★ 5/10点
Rotten Tomatoes 50%,44%
IMDb 4.9
やはり観客の心は掴めなかったよう。でも2人に1人が好きと言うのはアートとして悪くないんじゃない?