Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"セイント・モード/狂信(Saint Maud)"(2019) Review!

神はあなたの内にいる。

f:id:heiro_chloe:20211031025854j:plain

公式トレイラー


www.youtube.com

 

MOVIE MARBIEで記事書きました。良ければどうぞ~。

moviemarbie.com

 

 

さてさて。やっと日本に上陸した! このブログで紹介した一番最初の映画なんですが、その記事アップしたのが去年の10/6なんですよ。そして本作が配信されたのは今年の10/6。皆さん、分かりますね? この世に神はいるんですよ。

heiro-chloe.hatenablog.com

 

 

あらすじ

患者を救えなかった過去を抱えた看護師のモード。元ダンサーだったが、悪性リンパ腫で死を待つだけのアマンダの担当となるが、アマンダは無神論者だった。過去のトラウマから信仰に目覚めたモードは、アマンダにも信仰を芽生えさせることで魂の救済を図ろうとするが、その思いは徐々に暴走していく。

 

スタッフ・キャスト

監督はこれが長編デビュー作となるローズ・グラス。

主演は"クロール 狂暴領域"のモーフィッド・クラーク。"コンテイジョン"ジェニファー・イーリーなどが脇を固める。他。

 

 

待ったかいがあった。ありがとうローズ・グラス。正直今年のトップ10には惜しくも入らないと思うんだけど、十分見所のあるユニークなデビュー作だったと思います。嬉しい。

 

何よりモーフィッド・クラークの演技が良すぎました。モード。本当の名前はモードじゃなくてケイティだったんですよね。それが、1年前(だっけ?)の病院勤務中、心肺停止した患者の蘇生に失敗したことがトラウマになり、新たな人生を歩むために名を変え、神に助けを求めたと。ローズ・グラスが話していますが、モード(Maud)はマティルダという名前が変形したもので、語源は古ドイツ語のMahthildis(力、戦い)。モードは力を欲したんですよ。

中盤、必死にお祈りしてるのに人生上手くいかないモードが神に悪態をつき、パブで会った男と行きずりの関係になりますが、そこでトラウマがフラッシュバック的な幻を見ます。その男の心臓マッサージしてたら胸部が凹み(肋骨を折っちゃった?)、血を吐いて死んでしまう映像ですが、これがそのまま昔の患者に起こったってことなのかな? 余談ですけど、心臓マッサージをする際は肋骨が折れるかどうかは気にせずしっかり力込めてやれとどこかで聞いた覚えがあります(自動車教習所だったかな?) 肋骨折れたくらいじゃそんなに死なないけど、心臓止まったら終わりだからって理屈でね。でも、モードの場合はそれで死なせてしまったんですね。多分、高齢者とか骨の弱くなる病気の人だったんでしょう。

 

恐怖シーンはそう多くないですが、モードが自分を痛めつける行為がたくさん出てくるのが嫌な感じですね。ポップコーンの粒を床に撒いてその上に跪いたり、わざと手を火傷したり。腹部には切り傷がたくさんあります。果ては画鋲を敷き詰めた靴を履くまでに。自分を虐めているのです。リストカットの傷はさすがになかったと思いますが、もはや自傷行為と苦行を同一視し、それで自分の信仰心を高めようとしているようですらあります。「痛みを無駄にしないで」って常に言ってますしね。そして神の存在を近くに感じた時、モードは恍惚の表情に。非常にホラー顔になります(笑)。いやあモーフィッド・クラークは本当に良い顔をしてますな。

 

モードは悪い人ではないと思いますが、自分も救われたい欲求がすごすぎて、人助けも適度にはできずガチになっちゃいます。キリスト教には詳しくないので恐らくですが、モードの信仰は割とオリジナルも入ってるんだと思います。自己暗示にかかりやすい人間なのかも。

恐怖シーンに至るまでの流れの緩急が最高で、大体のシーンでは何も起こらないのに、肝心のシーンの爆発力がすごい。何かが起こる一瞬前に、「ゴゴゴ」みたいな音が流れ始めます。"エクソシスト"の嘔吐シーンのように(緑色じゃないけど)、モードがギャグかというくらいすごいリバースをしすると、窓の外で花火が上がり始める。このシーン天才的だと思いました。何というか、神か何らかの意思を持った別の存在が確かにいるように思えるんですよね。花火はただのモードの幻覚かもしれませんが、実際に起こっても良さそうなレベルのことだし、偶然を必然と思っちゃう感覚を観客にも体感させるようにできてると思います。シンクから溢れてきた水道の水の流れ方、その道一本一本すらも、何か意味があってそこを流れてるような気になる。ローズ・グラス、すごいセンスです。モードの精神がまずい状況になると、グラスのビールや雲が渦を巻いたり、月が異常にデカくなったりします。すごくアグレッシブな描写というわけではないですが、静かに狂ってる感じが最高です。ビールが特に好きでした。

 

モードはどん底の状態で、久しぶりに再会した病院時代の同僚ジョイに助けを求めますが(実際には「今から一緒に飲もう」と言っただけだけど)、タイミングが悪く断られてしまいます。この時ジョイと会えてれば、最悪の結末は避けられたかもしれません。モードは、つくづくJoy(喜び)とは縁のない人生を歩んでいるのです。可哀想に。

モードの献身的な態度に最初は好意を持っていたアマンダでしたが、アマンダを救うのにモードだけでは不十分でした。実際、死を目前にした人を救う方法なんてあるのかどうか分かりませんが……。やはり神を信じられなかったと明かしたアマンダは、モードには悪魔にしか見えなくなります。アマンダ悪魔化シーンはジャンプスケア的ですが、全然チープには感じないですね。タイミングが良いからかな? 上品です。観客の顔の横で銃をぶっ放して驚かせようとするような凡百のそれとは全く違います。モードが来ている服は聖人のそれのようですが、実際ただのベッドシーツです。でもそれっぽく見えます。衣装のセンスが良い。悪魔化の直前、モードが自分で清めた聖水(シンクに溜めた水にブツブツ言いながら十字を切るカットがある)でアマンダの額を濡らすと、微かに「ジュッ」という音がします。もはやモードが知覚している世界がどれだけ現実なのか分かりませんが、アマンダが悪魔化する予兆ですね。アマンダも聖水を非常に嫌がりますし。いや、単にヘンなことすんなって言ってるだけかもしれませんが(笑)。モードと同化している観客にはもう分かりません。"本性を現した"アマンダを、モードはハサミで何度も刺して殺します。悪魔のせいなら無罪ってか。モードがアマンダ宅を出ると不思議なカットになります。モードの頭が上下しないのに、背後のアマンダ宅がどんどん離れていく。これはスパイク・リー作品に出てくるダブル・ドリー・ショットというやつかな。"ブラック・クランズマン"のラストでもありましたよね。ジョン・デヴィッド・ワシントンとローラ・ハリアーが台車に乗ってるように滑らかに画面側に近付いてくるショット。あっちの場合はすごくメタ的というか、非現実的な場面として使われていましたが、本作ではモードが完全に正気を失った瞬間を意味しているのかもしれません。

 

翌朝、悪魔を殺してぐっすり寝たモードの背中には天使の翼が。いよいよヤバいです。そして劇中何度もモードが目で追っていた火。それで焼身自殺を図ります。ビーチに出向き、部屋に置いてあった過酸化水素やアセトンをかぶり、ライターで着火。これはただごとではないと騒いでいた傍観者が、燃えているモードを見て跪き始める。これで聖なる存在となって天に昇ることができる……モードが感極まって泣いている所で、苦しみながら焼けただれるモードのカットが悲鳴とともに一瞬挿入され、ブラックアウト。そしてお終い。キレありすぎでしょこのラストシーン。トラウマですよ。ちょっと"キャリー"みたいですね。これまでモードの狂気に付き合わされてきたのに、最後の最後で狂った彼女の様子を客観的に見つめる視点に変わります。鮮やか。モードは無実のアマンダを殺したせいで、焼かれて地獄に行ったとも考えられますね。何しろ、トレイラーで使われているのはビリー・アイリッシュ"all the good girls go to hell"(良い娘は皆地獄行き)ですから。

 

モードは病院での事故の際に出くわしたゴキブリのような虫を神の化身だと思っています。その虫が喋るのは明らかに英語以外の言語。これはウェールズ語です。モーフィッド・クラークはスウェーデン生まれのウェールズ人で、もちろんウェールズ語が話せます。この神の声は、ピッチをいじったモーフィッドの声らしいです。ということはやはり、神の声だと思ってたのは自分の声だったんでしょうね。モードは孤独で、周りの人に軌道修正してもらうことが叶いませんでした。善意はあったと思いますが、独善的になりすぎてしまったんですね。この部分はもはや宗教関係なく、行き過ぎた独り善がりの正義感の話でもありますね。"タクシードライバー"的な。よく見れば分かりますが、モードはオッドアイの持ち主です。終盤、モードが渦巻く雲を見ているシーンが一番分かりやすいです。そして、モーフィッドの目は普通です。カラコンを入れて撮影したみたいですが、モードの異質な存在感を引き立たせるためだったそうです。まあ、人と違うものを観ていたわけですからね。人と違う目を持っていたんでしょう(実際にオッドアイ(虹彩異色症)の人ももちろんいますが、あくまで映画的な演出として、という意味で)。ちょっと"ロッジ -白い惨劇-"感もあったかな。本作を気に入った人にはそちらもオススメします。皆!! 悩んだら絶対誰かに相談するんやで!!

heiro-chloe.hatenablog.com

 

 

★★★★★★★☆  7.5/10

Rotten Tomatoes  92%,64%

IMDb  6.2

IMDbを見る限り、ローズ・グラスの次回作は決まってないようです。ぐぬぬ……。