Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"ライトハウス(The Lighthouse)"(2019) Review!

船を導く灯台が、人の心を惑わせる

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公式トレイラー


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今を時めく若手スターのアニャ=テイラー・ジョイを見出して"ウィッチ"に起用し、本作で本格的に映像作家としての名を確立したロバート・エガースの2作目。本作を観れば、"ウィッチ"はあれでもかなりエンタメ寄りだったんだなと。この"ライトハウス"は確実に人を選びますが、常に映画に対して未知の喜びを求めるファンには観てほしいですね。

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あらすじ

時は1890年代、ニューイングランドの孤島。青年ウィンズローは、新たに灯台守として雇われることになる。しかし、先に赴任していたベテランのウェイクとの関係は上手く行かず、不気味な島の様子も相まって多大なストレスにさらされる。4週間が経てばこの仕事から解放されると気張るウィンズローだったが、最悪のタイミングで島は嵐に見舞われ……。

 

スタッフ・キャスト

監督はヴァイキングを描いた新作"The Northman"の公開を来年に控えたロバート・エガース。

ウェイク役は"フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法"ウィレム・デフォー、ウィンズロー役は"TENET テネット"ロバート・パティンソンが演じた。他。

 

 

とりあえず、ロバート・エガースはどうやら現代劇に興味ないようですな。ポストプロダクションに入った新作"The Northman""ウィッチ"よりも過去に遡った10世紀頃の話らしいし。"ウィッチ""ライトハウス"はどっちもニューイングランドが舞台ですね。ロバート・エガース自身がニューイングランドニューハンプシャー出身だからかな。"The Northman"ニューイングランドを飛び出し、アイスランドが舞台になるようですけどね。

 

本作、ホラーとかスリラーと呼んでも間違いじゃないと思うけど、やはり怪奇映画と呼ぶのが一番相応しい気がしますね。本当に100年前の映像を見てるような気になるし、モンスターも出てくるし、怖いというより不気味なんですよね。他の映画と比べても圧倒的に。Heiroはホラー好きですが、怖い映画より不気味な映画の方が好きです。そもそも、怖い映画って思ったより多くないんだよね。単なるジャンプスケア(驚かし)を多用してる作品が結構そこら中に蔓延ってますが、驚かしは驚かし以外の何者でもない。本物の恐怖を観客に味わわせるってのはかなり難しいことなんでしょうなぁと察します。実際、テーマそのものが怖いとかというよりは、サイコが相手の目の前で拳銃ぷらぷらさせてるシーンとか、具体的な場面に恐怖を感じる場合がほとんどかな。"パンズ・ラビリンス"ビダル大尉がビンで男の顔をガツンガツンやるとことかね。後は、当たると手足が吹っ飛びそうな刃物持った敵が出てきた時とか。そういう意味では、"ヘレディタリー/継承"とか"ミッドサマー"は「見たくないぃぃ」ってシーンを効果的にバシバシ見せてきてくれて怖かったんですな。Heiroが一番恐怖を感じやすいのは谷山浩子の曲か、都市伝説。

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都市伝説の中でも一番怖いのは、やはり「くねくね」ですね。元から、別に実在するだなんて微塵も思っちゃいませんでしたが、創作だと明言もされているらしいこの話がHeiroにはめちゃくちゃ怖いです。何故って、やはり「その正体に気づくと発狂する」ってとこ。「発狂」ってまあまあ聞く言葉ですが、結構なパワーワードですよね。非常に抽象的で、分かるようで分からない言葉です。「統合失調症PTSDを発症する」というのともまた違う感じがあります。「気が触れる」という言い方に変えても良いですが、それまでのその人の人格は破綻し、今後も元には戻らないような絶望感を感じます。

本作は、「スモールズ灯台の悲劇」と呼ばれる、1801年に実際に起こった不気味な事件にインスパイアされています。ウェールズのスモールズ灯台にトーマス・ハウエルとトーマス・グリフィスという2人の男が赴任しますが、先にグリフィスが何かしらの事故で死に、犯人にされたくないハウエルは腐りゆく死体を保存しながら灯台を灯し続け、第三者に発見された頃にはハウエルに以前の面影はなかった……という話です。気味悪いですねぇ。本作でウィレム・デフォーの役名はトーマス・ウェイク。で、後々明らかになりますが、ロバート・パティンソンの本当の役名はトーマス・ハワード。こっちも2人のトーマスなんですな。気味悪いですねぇ。

灯台関係の怪奇譚には、アイリーン・モア灯台事件というのもあるそうです。1899年、スコットランドのフラナン諸島にあるアイリーン・モア灯台にて、赴任していた3人の灯台守が忽然と姿を消したとのこと。灯台の様子などには何の異常もなかったのに……。メアリー・セレスト号事件みたいですね。まあ、メアリー・セレスト号の場合は、「消失する直前までは人が普通に生活していた形跡があった」という有名な部分は残念ながら後世の創作のようですが……。"ライトハウス"の時代設定に近いのはこっちの方ですね。しかも、消えた灯台守の1人はトーマスという名前だったとか……。よくある名前ですけどね。さらに、「アイリーン・モア(Eilean Mòr)」とは「大きな島」という意味だそう。スモールズ(Smalls)灯台と逆だな……。だから何だって話ですけどね。アイリーン・モア灯台の話は、ジェラルド・バトラー主演で"バニシング"という映画になってます。評判良いみたいですよ。観てませんけどね。

 

本作はやはりまず、その映像が目を引きます。見た通り白黒だし、スクリーンはほぼ正方形で、非常に抑鬱的です。超下品な上にパワハラ上司のウェイクとひとつ屋根の下なんで、ウィンズローのストレスは光速を超えんばかり。そんな中で、どっちが男として上なのかというマッチョな争いが始まります。灯台もアレ(察して)のように映されますし。ケンカしてると思ったら、ウェイクが「俺の料理がマズいって言うの? ウィンズローたん!」と泣き始めたりと、最早コメディなのかこっちの頭がおかしくなってきたのかよく分からない展開になったり。もうホモセクシュアル的ですらある。ポール・トーマス・アンダーソン"ザ・マスター"を思い出しながら観ましたね。ホアキン・フェニックスと故フィリップ・シーモア・ホフマンの関係もホモセクシュアルっぽかったですよねぇ。明らかに飲んじゃいけない液体を超強い酒として飲むという描写も共通してましたし。ウェイクは灯台の光を最高の女性か何かと思ってる節があり、ウィンズローを近づけまいとしています。ウェイクはウィンズローが島に来た時点ですでに壊れてたんでしょうが、この光の奪い合いはまさにどちらが「マスター」なのかの争いです。どちらが相手を支配するのか、どちらが光を所有するのか。ロバート・エガース、"ザ・マスター"に影響受けてんじゃないのかなぁ。ゴアゴアホラーとして悪名高い"マーターズ"のハリウッドリメイク版(観てない)のキャッチコピーは「君は、あの光を見たか。」でしたね。それ本作にもまんま使えますよ。この光はくねくねと同じ、直視すると正気を失うんですよ。光とは人間にとって外部的なものです。人間は自発的に発光できませんからね。光っているものには必ず何者かの行動か物理的な要因が働いています。ホラーでは普通、暗闇に恐怖を託しますが、本作では全く逆。暗闇は光を強調するための道具にすぎません。太陽が目を焼くように、光は本来脅威でもあるのです。そんなロバート・エガースのお気に入り作品は"シャイニング"だそうですよ。確かに光輝いてるわー。

映像だけでなく、音もすごいです。「ヴーン」という霧笛の轟音が観客の体を揺さぶります。そして声。本作には、おそらくウィンズローの妄想ですが、人魚(セイレーン?)が登場します。その声が非常に不快。伝承にもあるように、(人間の部分の)見た目は美しいんですが、声はバケモノなんですよね。人魚を演じているのはヴァレリア・カラマンというモデルらしいんですが、このキャスティングは、"ジェーン・ドウの解剖"で謎の死体役を演じたモデルのオルウェン・ケリーを思い出させますね。とても効果的です。ウェイクを倒したウィンズローか光を直視して上げる声も音割れしてる感じにギャビギャビ言っててガチ怖。

 

ウェイクはギリシャ神話の海神プロテウス、ウィンズローはプロメテウスに重ねられています。最後に内臓食われてますし。人魚(セイレーン)も、歌声で船乗りを惑わし遭難させる怪物としてギリシャ神話に出てきます。で、ウィンズローが重いドラム缶を灯台の上に運ぼうとするとウェイクが難癖をつけてやり直すよう命じますが、それは「シーシュポスの岩」ですね。巨大な岩を山頂まで上げなければならないのに、頂上に達したと思ったら岩が転がり落ちるので永遠にそれを繰り返す罰を受けたシーシュポスの話です。結局、神であったウェイクも死に、彼を殺したウィンズローも死ぬ。男らしさの張り合いに勝者はなし。

 

本作の隠れたMVPはカモメちゃんです。本気でムカつくし、不気味です。"ウィッチ"の黒ヤギ(ブラック・フィリップ)に続き、動物を理解不能で近寄りがたい存在として見せることに成功しています。"The Northman"では何の動物が出てくるのかな?

 

 

ロバート・エガースはイングマール・ベルイマンも好きなようですが、2人のトーマスというのは"仮面/ペルソナ"も意識してるんですかねえ。アリ・アスターベルイマン好きだし、この2人は、ホラー好きとしては今後もマストでチェック案件ですな。

 

 

★★★★★★★  7/10点

Rotten Tomatoes  90%,72%

IMDb  7.5

未だに「ウィリアム・デフォー」なんて呼んでる人がいます。早く間違いに気づいて……。