Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"Mr. ノーバディ(Nobody)"(2021) Review!

暴力やめますか? それなら人間もやめますか?

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公式トレイラー


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これは必見のアクションでございました。"ブレイキング・バッド""ベター・コール・ソウル"も全く観たことなくて、主演のボブ・オデンカークのことも今回初めて知ったクチですが、一発で好きになりましたよ。

 

 

あらすじ

うだつの上がらない父親ハッチ・マンセルは、妻の愛と息子からの尊敬を得られずに単調な日々を過ごしていた。ある日強盗に襲われ、反撃のチャンスがあったのにそうしなかったことで妻と息子との距離が決定的なものになってしまう。ハッチはそれに耐えられなくなり、チンピラにケンカを売られたのをきっかけに、封印したはずの暴力的な過去への扉を開いてしまう……。

 

スタッフ・キャスト

監督は"ハードコア"イリヤ・ナイシュラー。

主演は前述の通りボブ・オデンカーク"ワンダー・ウーマン"シリーズのコニー・ニールセンや、"バック・トゥ・ザ・フューチャー"シリーズのドク役でお馴染みのクリストファー・ロイドなどが脇を固める。

 

 

日本じゃ無名のためまさにMr. ノーバディであるボブ・オデンカーク。「ボブ・おでんカーク」なんて宣伝されてた彼ですが、これ観りゃ一発でファンになりますよ。"ザ・ハント"のベティ・ギルピンみたいに。本作にあそこまでの顔芸はないけどね。

heiro-chloe.hatenablog.com

 

 

本作の脚本を手がけたのは"ジョン・ウィック"シリーズのデレク・コルスタッドなので、観る前からそんな感じの映画なのかなと思ってましたが、大体そんな感じでした。"イコライザー"とか、"ザ・コンサルタント"とも似てます。ハッチは「会計士」と呼ばれてましたし("ザ・コンサルタント"ベン・アフレックは実際に会計士役。原題も"The Accountant"(会計士の意味))。ただ、今時、より圧倒的な暴力で相手を捻り潰してヒーハー言うだけの映画って時代遅れなとこあるじゃないですか。マッチョすぎてね。"ジョン・ウィック"は暗殺者同士の殺し合いだし、普段は聖人のキアヌ・リーヴスが主演ですから、良い具合にそれを感じさせないようになってると思うんですよ。本作の主演もコメディアンのボブ・オデンカークなので、マッチョさの中和を狙ってるとは思うんですが、逆にそのために浮かび上がるものもあるなと。

 

本作に求めていたのは、例えば"わらの犬""ファニーゲーム""ヒストリー・オブ・バイオレンス"などにあるような、暴力についての批評性です。本作にもそれはあるにはあるんですが、パッと見では気づきにくいので、暴力に酔いしれたまま劇場を後にする観客も多いだろうなと思います。実際、本作のアクションシーンは素晴らしく、イリヤ・ナイシュラーが"ハードコア"ほど奇をてらったカメラワークがなくても面白いものを撮れる証明になってます。しかし、ハッチが暴力を振るう場面では、ハッチ側もかなりのダメージを負い、カタルシスだけを観客に味わわせないように意図してるのかなと感じます。暴力の結果を突きつけることでね。

 

ハッチのファミリーネームはマンセル(Mansell)。男(man)を売り飛ばしちゃった(sell)ような名前です。家族から求められている「男らしさ」(=家族を守る能力≒暴力)を奪われた状態から物語は始まります。悲しいかな、暴力を振るってる時の方がハッチは生き生きしています。劇中では、過去どこぞのブギーマン、ババヤガとタメ張るレベルで恐れられた男ということになってますが、ボブ・オデンカークが演じているのでテーマ的には「マッチョではない男」を意味してるととれます。そんな男でも、実は男性性の有害な側面である暴力性に囚われているのです。アスガー・ファルハディの"セールスマン"もそんな映画だった気がします。しかも、妻のベッカはそれを受け入れます。家族を守るためだからしょうがないのかもしれませんが、結局ハッチはこれからも敵に襲われ続けることが示唆されて終わります。再び暴力の連鎖が始まってしまったのです。別に絶望的な終わり方には見せてないですけどね。この「家族を守るためなら暴力も厭わない」父親像を最悪の形で見せてくれたのが、トレイ・エドワード・シュルツの"イット・カムズ・アット・ナイト"でした。

 

暴力の効能と副作用を両面提示してくれた本作、欲を言えば覚醒後ハッチと子どもたち(特に娘)の関係を最後に見せて欲しかったですね。覚醒前ハッチは妻・息子と関係が上手くいってませんでしたが、優しかったので娘はとても懐いていました。そりゃ覚醒後ハッチでも家族には優しいでしょうが、ヤバい人なのが分かっちゃったわけだからねえ。娘には距離を取られるようになった、みたいなビターなエンディングでも全然良かったと思いますよ。今のままだと、見知らぬ人からお菓子もらったけど普通に美味しいしその人も「気に入ったなら良かったです〜!」とニコニコしててこっちも「こちらこそありがとうございます〜(ニコニコ)」な感じなんですよ。本来なら、お菓子確かに美味しいけど、その人は「それは、良かったですね」と笑ってるけど内心何考えてるか分からない顔で言い放つ、くらいのバランスが良かったような気がするんですよね。観客を、「何!? 今の何か入ってたの!? そう言えば微かに嫌な苦みを感じたような……」と困惑させるようなね。だからこそ本作はある意味、暴力的なまでに暴力の不快さを突き付けてきた"ファニーゲーム"よりも嫌らしい作品になっています。観客が暴力の危険な中毒性に気づくか気づかないかのギリギリを狙っているからです。人間と暴力は密接に結びついています。"2001年宇宙の旅"では、猿が同族殺しを覚えた結果、人間へと進化します。あのキラー・エイプ仮設が本当かどうかは置いといて、実際に人間は暴力との繋がりを切れていないし、Heiroを含め本作に魅了される人が数多くいます。暴力はドラッグ。そして暴力映画は合法ドラッグなのです。昔「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」というキャッチコピーがありましたが、暴力を完全に切り離してしまっては、それはもはや人間ではないのかもしれません。暴力から逃げられる者などいないのです。Nobody canですよ。

 

と、面倒な話はここまでにして。ハッチの父を演じたクリストファー・ロイド"BTTF"の頃からおじいちゃん役でしたがまだ健在ですね! 絶体絶命の状況からマフィア2人をショットガンでぶちのめすシーン最高でした! 他に最近出てた映画って"アイム・ノット・シリアルキラー"とかだし(しかもあんな役だし)、我が道を行く感じで素晴らしいです。終盤、ロシアンマフィアをトラップを使いながら壊滅させていく所も良かった……。ハッチがクレイモア地雷持ってマフィアのボス、ユリアンに突っ込んでった時はどこからツッコめば良いか分からなくなりましたが、勢いがあれば良いんだよ!

 

マフィアのボス、ユリアンがいきなりステージで歌い始めるシーンでは、ニコラス・ウィンディング・レフンの"オンリー・ゴッド"の謎カラオケシーンを思い出しました。ハッチはどれだけダメージを受けても立ち上がりますが、その部分はちょっと"ドライヴ"ライアン・ゴズリングと共通していると言えなくもない。レフンも暴力的な映画撮る人ですよね~。

 

タイトルが被ってるジャコ・ヴァン・ドルマルの方の"ミスター・ノーバディ"人生オールタイムベスト級に好きなので、さすがにそれには敵いませんが、中々面白い映画でした。

 

 

 

★★★★★★★☆  7.5/10点

Rotten Tomatoes  84%,94%

IMDb  7.4

シリーズ化してくれても構わないのよ。