Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"バッド・エデュケーション(Bad Education)"(2019) Review!

バッド・エデュケーション」という言葉の中にも「エデュケーション」が含まれてますわよ!

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公式トレイラー


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ペドロ・アルモドバル作品の方じゃありません。個人的大傑作"サラブレッド"の監督コリー・フィンリーの2作目です。両方観てみると、コリー・フィンリーのテーマみたいなものも見えてきた気がします。さすがに"サラブレッド"ほど楽しめたわけじゃなかったですが、俳優陣の演技合戦が見ものです。

 

 

あらすじ

教育長のフランク・タソーンは、数十年に渡る努力によってロズリン高校を全米4位の地位に押し上げた。1位になるのも時間の問題かと思われたが、右腕のパメラによる巨額の横領が発覚。学校と自身の身を守ろうとスキャンダルの隠蔽を図るフランクだったが、新聞部のレイチェルが真実に迫ろうと調査を始め……。

 

スタッフ・キャスト

監督は前述の通りコリー・フィンリー。

フランク役には"X-MEN"シリーズのウルヴァリンでお馴染みのヒュー・ジャックマン、パメラ役には"アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル"アリソン・ジャネイ、レイチェル役には"ブロークン・ハート・ギャラリー"のジェラルディン・ヴィスワナサンが配されている。他。

 

 

ヒュー・ジャックマンが自らのもはや不自然なほど若々しく爽やかなパブリックイメージを逆手にとって、盛大な自虐ネタをかましてくれました。なるほど、あの佇まいの裏にはこういう事情があったのか(笑)! フランクは実績も外見もイケイケで、生徒やその親の名前と特徴を覚える努力を欠かさず、いつも笑顔で生徒たちに接しています。生徒たちにはいちいち気の利いたアドバイスも。これだけで教育者として一流なのが伝わってきます。実際は学校の予算を220万ドルも横領してたわけですが……。220万ドルは現在のレートだと約2億4300万円。ぎゃあ! パメラの横領額は430万ドル(約4億7500万円)。もろもろ合わせて総額1100万ドル(約12億円)になり、これは学校で起きた横領ではアメリカ史上最高の金額になるそうです。

 

"アイ, トーニャ"での恐ろしすぎる演技が記憶に新しいアリソン・ジャネイですが、本作でも素晴らしかったです。冒頭の、炭水化物を控えているフランクの前でパメラがパンを見せびらかすシーン、すごくリアリティがあって微笑ましくて良いシーンでした。2人の関係の深さも伝わってきましたし。パメラの横領がバレてからは2人の間に亀裂が生じ、どっちがソシオパスかの罵り合いに発展しますが、"サラブレッド"のオリヴィア・クックの役柄もソシオパス的なキャラでした。コリー・フィンリーはこれが2作目なんでまだハッキリと分かりませんが、ソシオパスの人間性というのがテーマとしてあるのかなと。映画に出てくる「サイコ」は大抵、人間性を剥奪されています。ただの異常なヤツにされてね。深みのない表面的に目立つだけのキャラクターになりがちです。しかし、"サラブレッド"のアマンダ(オリヴィア・クック)と"バッド・エデュケーション"のフランクのキャラクターは、それらとは一線を画す人物像になっています。まあアマンダの方は普通じゃない人間に見えますが(笑)、善人として生きようと努力しています。そのキャラクターの新鮮さも相まってHeiroのお気に入りになってるんですがね。サイコパスやソシオパスって人口の数%はいるとか言われますから、実際は結構な人数がいるわけですよ。しかも犯罪行為を働くとは限らないしね。一応普通に生活してる人がほとんどなのに、異常者としてしか描かれないのはちょっと可哀想ですよね。サイコパスとして生まれたり、ソシオパスになってしまった責任は本人にはないわけですし。そういう人たちって表面的には魅力的に見えるらしいですから、コリー・フィンリーの描くサイコパス・ソシオパス像は既存の映画へのカウンターというだけでなく、理にも適っています。

フランクは、のっけからほぼヒュー・ジャックマンのイメージそのままで出てきます。若々しく見えるメイクや整形手術もこまめにやってます。後から考えれば、自身を魅力的に見せようと取り繕ってることを端的に表現している演出だったんですね。フランクは実はゲイでもあり、横領の片棒を担いでくれている長年のパートナーがいるにも関わらず、昔の教え子を若い愛人にしています。しかし、周りには数十年前に亡くした妻が忘れられないと触れ回っています。実際に結婚してたのかどうかは定かではないですが、やはりそれも偽りの姿。当時のロズリン地区が保守的な土地だったのかどうか分からないですけど、ゲイであることが知られてはいけなかったんでしょうかね。横領をやらかした動機にはそのストレスがあったとか? 多額の予算を使って校舎を橋で繋げる構想を持っているフランクですが、コピー室の雨漏りには手を付けていません。これも外部への見映えばかりを意識していることを表していますね。愛人役の人どこかで見たなと思ったら、これまた大傑作"ブラインドスポッティング"でやんちゃ白人のマイルズを演じたラファエル・カザルでした。あっちと違ってこっちは繊細そうな役でした(笑)。

 

おバカで、パメラに学校のカードを借りているジェニーが、パメラが解雇された途端その後釜に座ろうとするのも笑いました。フランクに全てを見透かされ、結局窓際に追いやられてしまうんですが(笑)。パメラもジェニーと大して変わらなかったわけですがね。横領金額には大した違いがありますけども。

 

 

ジェラルディン・ヴィスワナサン演じる新聞部員のレイチェルがお気に入りキャラでした。校舎の工事について、パメラから暗に聞くなと言われてるのに全く意に介さず聞くその態度(笑)! いやあふてぶてしい。大したジャーナリストですよ。ま、そのやる気を出させてしまったのはフランクの励ましだったんですがね。大した教育者だのう。レイチェルの働きにより事件が明るみに出るんですが、もうちょいレイチェルにフォーカスした方が本作は見やすくなるとは思いました。そうすると普通の映画になる気もするけど。

 

フランクは非常に印象的なこんな感じのセリフを言います。「生徒は教師のことを忘れるが、教師は生徒のことを忘れない」。今までこの逆の感覚を抱いて生きてきましたよ。そりゃクラスの数十名に対して教師は1人ですからね。しかしフランクは全ての生徒を忘れないように努力してますからね、嘘じゃなさそう。教師は中々苦労が絶えない上、十分な見返りもあまり期待できない職だと聞きますね。フランクには「これだけ頑張ってるんだから少しくらい横領しても良いじゃないか!」みたいな気持ちもありそうです。全然少しじゃなかったですけど。フランクは刑務所に入ることで、生徒たちに悪しき大人の例を提示してみせました。まさに反面教師の鑑。すもももももももものうち。悪い教育(バッド・エデュケーション)も教育のうち。オードリー・ヘプバーンが「Nothing is impossible. The word itself says, I'm possible.(不可能なことなんてないわ。不可能(impossible)という言葉自体が「私はできる(I'm possible)」と言っているもの)」という名言を残したと伝わっていますが、本記事の見出しはそれへのオマージュです。

 

ラストで、刑務所に入ったフランクは妄想の中に入り込みます。その中ではロズリン高校が全米1位になってますが、現実世界では横領金額で全米1位になってますからね。フランク、夢が叶ったじゃないか(笑)! 何て皮肉。フランクには1年に約17万ドル(約1900万円)の年金が支払われるようです。十数年あれば自分の分は返済できるんですね。こわー。

 

 

 

★★★★★★☆  6.5/10点

Rotten Tomatoes  94%,84%

IMDb  7.1

ヒュー・ジャックマンのキャリアベスト演技というのも頷ける。うんうん。