Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"ビバリウム(Vivarium)"(2019) Review!

庭付きの家(house)と、家庭(home)は違う

(※"イレイザーヘッド""砂と霧の家"の核心に触れています)

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公式トレイラー


映画『ビバリウム』予告 2021年3月12日(金)全国ロードショー

 

ロルカン・フィネガン監督インタビュー


『ビバリウム』ロルカン・フィネガン監督インタビュー映像

 

以前このブログで紹介しましたが、やっと見れました。この映画の正体は分かったかなと思いますが、明かされない謎もありましたね。


 

あらすじ

ジェマとトムは、新居を探しに訪れた不動産屋で「ヨンダー」という郊外の住宅地を紹介される。そこは同じような一軒家が並ぶ土地で、内見するだけのはずがヨンダーから抜け出せなくなってしまう。ふと気づけば、「育てれば解放される」と書かれた箱が道に落ちており、その中には何故か赤ん坊が……。

 

スタッフ・キャスト

監督は"Without Name"(未公開)のロルカン・フィネガン。

主演は"バーバラと心の巨人"イモージェン・プーツ"ゾンビランド"シリーズのジェシー・アイゼンバーグや、Netflixドラマ"このサイテーな世界の終わり"のジョナサン・アリスなどが脇を固める。

 

 

オープニング、何かを示唆するようにカッコーの映像が流れます。そして、ジョナサン・アリス演じる不気味な不動産屋マーティンによって、ジェマとトムはヨンダーという不思議な世界、文字通りワンダーランドに導かれます。アリスだけに(と言ってもスペルはAliceでなくArisだが)。ヨンダー(yonder)とは古い言葉で「遥か彼方」という意味らしいですね。劇中で理想的な住宅と謳われるように、これは数ある理想郷の伝承にかけた、皮肉なジョークなんだと思います。ニライカナイしかり、"シー・フィーバー 深海の怪物"の記事で書いたティル・ナ・ノーグしかり、理想郷とは「遥か彼方」にあるとよく言われます。「人里離れた場所」を英語で「middle of nowhere」と言いますね。直訳すれば「どこにもない場所の真っ只中」です。劇中でマーティンが「近すぎず遠すぎず」って言ってた気がしますが、不気味な解釈をすればヨンダーは「どこにもない場所」であるとも取れます。実際異空間でしたしね。ちなみに、よく言われますが、一般的に理想郷を意味するユートピア(utopia)の語源はギリシャ語のou(=no)+topos(=place)で、「どこにもない場所」という意味です。英語に直訳するとnowhereでなくてno placeになるらしいのが何か惜しいところですけど。

 

観た結果、予想していたように"イレイザーヘッド"的な部分はありましたが、最終的に言いたいのはそこではないのかなと思いました。"イレイザーヘッド"は、監督のデヴィッド・リンチが若い頃に子どもができてしまい、その時の不安が反映されていると言われています。そのため、劇中の赤ん坊はどう見てもモンスターのような造形になってます(モデルとなった娘のジェニファー・リンチの心境やいかに)。"ビバリウム"の子どもは見た目こそ人間ですが、トムから「ミュータント」と呼ばれるように、どこか普通ではありません。子どもの持つ扱いにくい要素を増幅したような存在で、空腹など気に入らないことがあると金切り声を上げます。"SF/ボディ・スナッチャー"みたいにね。劇中で経過している時間がどれだけか分かりませんが(1年くらいかな?)、人間より遥かに早く成長して大人になります。そして、原因は不明ですが、子どもが成長しきる頃にはカップルは体調不良で死にます。"イレイザーヘッド"的に読み解くのであれば、"イレイザーヘッド"以上に過激な作品ということになります。つまり、「子どもは不気味な存在である。家庭という閉塞的な場所から逃れることはできない。近隣の住民も助けてくれない。しかし子どもを育て上げれば解放される。そう、老いて死ぬことで」と、こうなります。こういう解釈で本作を観ると、子どもや家庭を持つことは絶望の始まりなんだとしか思えなくなります。ロルカン・フィネガンはアリ・アスター以上に暗い人生観を持っているのかと。でも、カッコーの映像で示されたように、正体不明(宇宙人とかかも、説明はないけど)の赤ん坊の托卵の話で、主人公カップルの実の子ではないので、"イレイザーヘッド"的解釈とはある程度距離を置いているようにも見えます。実際、ロルカン・フィネガンはインタビューで、

「We were careful about making sure it wasn't some sort of anti-natal film.」

 

https://rue-morgue.com/exclusive-interview-vivarium-director-lorcan-finnegan-on-the-horrors-of-isolation/

と言ってます。訳すと、「我々は、本作が反出生主義のような映画になっていないことを確認するよう注意した」となるでしょうか。反出生主義とは、生まれることに対して否定的な意見を持つ立場のことです。これで"イレイザーヘッド"的解釈は否定されました。

 

監督インタビュー動画で言われていますが、本作は監督の出身地アイルランドの実際の状況が反映されたものだそうです。郊外にしか住宅が持てず、人間関係が希薄で、ヨンダーの食べ物のように味気ない加工食品ばかりを食べざるを得ない生活。実際に本作を観ると、"イレイザーヘッド"とは別の映画を思い出しました。ジェニファー・コネリー主演の"砂と霧の家"です。そのテーマとは、「house≠home」というものです。ヨンダーには見た目は可愛くて庭もついてる家が揃っていますが、そこで温かい暮らしはできません。タイトルの「ビバリウム」とは生物の生育環境を再現した空間のことです("スローターハウス5"に出てくるトラルファマドール星人の作ったあの空間もビバリウムと言える?)。本作でも宇宙人か何かが作った空間という設定なんでしょうが、ヨンダーがビバリウムであることを考慮すると、外部から「こう生きろ」と指図されている人たちの話にも見えてきます。「子どもを産んで育てるべきだ」とか、「家を持つべきだ」とか。それって別にどこの国に限らず、日本でもよく言われるような話ですよね。最近は自らの意志で子どもを持たない人たちもいますし、価値観は多様化してきているようにも思いますが、本作のトムとジェマはある種のステレオタイプ的な振る舞いをします。トムは子どもに嫌気が差し、子育てせずに庭の穴掘り(仕事のメタファーかな)に精を出し、ジェマは子どもを不気味に思いながらも母性的なものを芽ばえさせていきます。宇宙人が「人間ってこういう習性があるんだよな」と言ってるのが聞こえてくるようです。人間が動物に対して言うようなことです。ガラスケースに入れられた自分たちの滑稽さを見ているようなので、本作は嫌な雰囲気があるんではないですかね。

 

ジョナサン・アリス、不気味な子どもの子役、その子どもの成長した姿を演じた俳優の全てが絶妙に気味悪くて素晴らしいです。よく見つけてきたな。加工してるんでしょうが、子どもの声が絶妙にキモかったですね! ジェマやトムの言動の真似をするのもキモかった。普通、真似(ミラーリング)をする人には親近感を抱きやすいものですが、本作の場合は逆効果ですね(笑)。不気味の谷だからなのかなあ。イモージェン・プーツも、"レディ・オア・ノット"の時のサマラ・ウィーヴィングとは違う方向性ですが絶望の声を聞かせてくれて、良い意味でゾッとしました。"ミッドサマー"冒頭のフローレンス・ピューの声に近かったかもしれない。よくあんな声出せるな。

 

先にトムが死に、自らが掘っていた穴に埋められます。ジェマは成長した子どもの正体を知ろうとして、ヨンダーの中のさらに異次元の空間に迷い込み、自分たちと同じような目に遭っている人たちを見ます。過去の映像なのか、現在ヨンダーに囚われている他の人なのかは分かりません。結局ビバリウムに関する真実は何も分からず、ジェマも衰弱して死にます。ヨンダーの食べ物は栄養なさそうだし、ビバリウム自体やはり人間に合う空間ではないんでしょう。そして成長した子どもは新たにマーティンと名乗り、不動産屋として新居を探す別のカップルを手ぐすね引いて待つ……というところで終わります。どこまでもループする感じで後味悪し。ロルカン・フィネガンが危惧している血の通わない生活が、後の世代にも引き継がれていく感じ。

 

ジェマとトムの真似をして子どもが中指立てるとことか、シリアルをあげるとすぐ叫ぶのを止めるとことか、ジェマたちがダンスしてるシーンで車の中のダンシングフラワーが映るとことか、笑いもちょいちょい入ります。しかしそれ自体が、ちょっと可愛いけどだいぶ不気味というヨンダーそのままなテイストなのです。我々も単純思考の動物にすぎないと突きつけられるような映画ではありますが、ハウスではなくホームを大切にすべきなんだと教えてくれる一本なのでオススメ。他人から押し付けられる価値観を打ち破れ!

 

 

★★★★★★★  7/10点

Rotten Tomatoes  72%,39%

IMDb  5.8

そして一日に何度もPCのホームボタンを連打するのだ。ホームが大事なんだからな……。