Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"ダーリン(Darlin')"(2019)

首輪をつけようとする者どもに捧ぐ

 

(※"ザ・ウーマン 飼育された女"と、よせば良いのに"ヴィレッジ"のオチに触れています)

 

公式トレイラー


ダーリン

 

未体験ゾーンの映画たち2021作品3本目。本作は個人的期待度第5位でした。先日"ラブ・エクスペリメント""ファブリック"の記事をアップしましたが、"ダーリン"、一番気に入ったぜ!!

 

 

あらすじ

野生児のダーリンは修道院に保護される。教会の宣伝のために教育され徐々に人間らしくなっていくが、彼女にはある秘密があり……。

 

スタッフ・キャスト

監督は、本作の前日譚"ザ・ウーマン"で食人族のザ・ウーマン役(この呼称で統一します)を演じたポリアンナマッキントッシュ

ダーリン役には"おやすみなさいを言いたくて"のローリン・キャニー。脇役として"マグダレンの祈り"のノラ=ジェーン・ヌーンや"シャザム!"のクーパー・アンドリュースなどが出演。ポリアンナマッキントッシュザ・ウーマン役を再び演じている。

 

 

そもそも、"ザ・ウーマン"ってどのくらい認知されてるんだろうか。"隣の家の少女"で悪名高いジャック・ケッチャム原作であり、"ザ・ウーマン"自体もかなりアレでしたけど。思い起こしてみれば昔"隣の家の少女"も観たし、彼原作の"The Lost 失われた黒い夏"も観ましたね。別にケッチャムファンでも何でもないんですが。多分、これで日本で観れるケッチャムの映画作品はほぼ観てることになります。

まず"オフシーズン"という小説があり、その続編が"襲撃者の夜"(同題で映画化済み。未見)、さらにその続編が"ザ・ウーマン"で、最終的に行き着いたのがこの"ダーリン"(ケッチャム脚本だけど原作小説はなくオリジナルストーリー)と、そういう流れのようです。なので、"ダーリン"だけでも普通に観れますが、前の観てないとちょこちょこ分からない描写が出てきます。Heiroが"ザ・ウーマン"を観たのは5年も前なので細かいところ忘れてました。なので本作を観た後に色々調べ直しました。その内容が以下。

"ザ・ウーマン"では食人族の過去について詳しく語られません。家族を支配しているマチズモサイコパパが野生人間のザ・ウーマンを見つけて監禁・暴行を繰り返すも、最後には逆襲されるというストーリーです。サイコパパは娘のペグ(ローレン・アシュリー・カーター)を性的に虐待しており、彼女を妊娠させていました。本作でも、回想シーンのみですがローレン・アシュリー・カーターが同役で出演しています。本作のみ観た人は勘違いするかもしれませんが、ダーリンはペグの妹でザ・ウーマンの娘ではありません。本作でダーリンが「家族はいるか」と聞かれて答える「犬のお姉ちゃん」というのも"ザ・ウーマン"の登場人物で、無眼球症でサイコパパに文字通り犬のように育てられた、不憫なダーリンの姉のことです。サイコパパを倒した後は、ペグ、ダーリン、犬のお姉ちゃんはザ・ウーマンと行動を共にしたようです。犬のお姉ちゃんはその後どこかに逃げてしまったようで本作には登場しません。後述しますが 、ダーリンが幼い頃にペグは死んでしまったので、ザ・ウーマンと一緒に何年も(おそらく十数年)暮らすうちに野生児化したんでしょう。後に言葉を教えられて、割とすぐペラペラになっちゃうのに違和感を覚えましたが、4,5歳くらいまでは普通に育てられていたのでそんなものかと納得しました。

 

「未体験ゾーンの映画たち2021の個人的注目作」の記事でも書きましたが、本作はキャスティングが光っています。まずダーリン役のローリン・キャニー(ちょっとハンナ・マリーに似てる)。初めてお目にかかりましたが、食人野生児役としてカンペキです(嬉しくない)。泥と垢だらけの黒い肌で登場した時はあまりの妥協のないガチ不潔さにちょっと引きましたが(笑)、汚れを落とすとアラ不思議、赤毛の美少女になってしまいます。それでもしばらくは動物っぽい仕草が抜けず、片目だけピクピクさせたり獣っぽい声を出したりと常人ならざる演技を披露しています。ローリン・キャニー(Lauryn Canny)なんて名前ですが実にuncanny(=不気味、尋常じゃない)です。他に獣少女役が似合う人って、"RAW 少女のめざめ"のギャランス・マリリエくらいしか思いつきません。あっちもちゃんとカニバリズムしてたし。声の演技も、"レディ・オア・ノット"サマラ・ウィーヴィング(ヤギみたいな雄叫びを聞かせてくれます。必聴!)に匹敵しますね。

 

監督インタビューによれば、当初ダーリン役はアナリース・バッソが良いと考えていたようですが、本作を観た後だとローリン・キャニーしか思いつきません。また、彼女は以前"おかえりなさいが言いたくて"(未見)で戦場カメラマン役のジュリエット・ビノシュの娘を演じています。画像検索すると、煤で全身真っ黒のジュリエット・ビノシュが出てきますが、これがまたザ・ウーマンの容姿にそっくりなんですよ! ザ・ウーマンとダーリンは親子ではありませんが、本作への出演を予言していたかのような偶然にゾクゾクしました。

次にシスター・ジェニファー役のノラ=ジェーン・ヌーン。彼女は過去に"マグダレンの祈り"という作品に出ています。同作は、厳格なカトリックの道徳観から外れた女性たちを「矯正」するための修道院の実態を描いたノンフィクション作品でした。「矯正」と言っても、実際に行われていたのは性的なものを含む虐待の数々。不道徳とされた女性たちは、レイプされて妊娠してしまった者、未婚の母、知的障害があり意味も分からず性行為をしてしまった者などです。その中で、ノラ=ジェーン・ヌーンはその「男たちを惑わしかねない」美貌が罪とされ収容される女性を演じていました。収容の理由が完全に魔女狩りと一緒です。彼女はこれがデビュー作だったようですね。当時から目が印象的な女優でした。"ダーリン"ではシスター役ですが、若い頃薬物中毒だったことから「矯正」の対象となり、その過程で司教による性的虐待を受け、最終的にはダーリンを搾取しようとする教会に反旗を翻すジェニファーにキャスティングされているのは、"マグダレンの祈り"を観た身からするとこみ上げるものがありますね。同作は女性版"カッコーの巣の上で"みたいな映画で、ノンフィクションということもありかなり精神をやられますが、一度は観ておくべき作品です。

ダーリンと最初に心を通わせるゲイの看護師トニーを演じているのはクーパー・アンドリュース。"シャザム!"で孤児の主人公ビリーの里親を演じていました。本作と"シャザム!"は同時期の作品なのでただの偶然でしょうが、どちらも包容力のあるキャラクターです。まあ見た目からしてね。

外面は良いけど実際は堕落しきっている司教を演じたブライアン・バットは、自身がゲイであるとカミングアウトしています。作中で司教の所属する教会は同性愛を認めていないので、そこへのアンチテーゼにもなっているキャスティングですね。字幕では「司祭」となってましたが、役名がThe Bishopなので司教が正しいんじゃないのかな? とか知ったふうな口を利きましたが、今回調べて初めて知りました。エヘ。ちなみに司祭はpriest。

ダーリンが引き取られる場所の名は「聖フィロミーナ少女の家」(公式あらすじで修道院と表現されていますが、こういう場所は何と呼ぶのが正解なのか分からなくなってきました。セリフだと「St. Philomena's Group Home for Girls」と言っています)。フィロミーナと聞いて思い出すのは"あなたを抱きしめる日まで"ですね。観てないけどな! ジュディ・デンチが演じる主人公の名がフィロミーナですが、若くして未婚の母となって修道院に入れられ、産まれた息子とも引き離されますが、数十年の歳月の後にその息子は実は金銭目的で養子に出されたという驚愕の事実が発覚していくという内容です。実質、カトリック修道院による人身売買の話ですね。この名前を本作の物語の舞台に引っ張ってきているのも、偶然じゃないような気がします。

 

物語は、ダーリンがザ・ウーマンに連れられて何故か病院に行こうとするところから始まります。野生児として保護されたダーリンは、温かく接してくれる看護師トニーに心を開きますが、閉鎖が決まりそうな自分のカトリック教会を救いたい司教によって、神の力で無垢な野生児を普通の子にプロジェクトの対象になり、聖フィロミーナへ連れていかれます。気乗りしないシスター・ジェニファーに、「善行だから」とせっかく綺麗に身なりを整えたダーリンを泥で汚すよう指示し、暴れたところをカメラに収めます。ジェニファーは司教と違って真っ当な人で、その後お祈りしながらひとり泣きます。聖フィロミーナは俗世の音楽も聴けない抑圧的な空間です。聖書朗読の授業でお調子者のビリーがふざけると、罰としてジェニファーは嫌がる彼女を司教の部屋に連れていきます。その後手を震わせるジェニファーのカットがあり、この時点で理由は分かりませんが、後半で司教が女生徒に手を出していたことが明らかになります。キリストの名の下に行為を正当化されて。過去、ジェニファーも薬物問題でここに入れられ同じ経験をしていたのに、その片棒を担がされています。本当に罪深いシステムですね。ダーリンはまだ言葉を解しませんが、創世記の「女性の役割は子を産むことで夫に支配されるべき存在」という箇所を聞いて窓から脱走します。

 

深刻な映画かと思ったら笑えるところもあって、聖フィロミーナに入れられたダーリンを探すザ・ウーマンは警察官を殺して奪ったティアドロップのサングラスを装備したり(サラ・コナーか)、車が死ぬほど嫌いで助手席で暴れ回ったりします。字幕じゃ拾われてませんでしたが、ルームメイトがジェニファー・ローレンスという名前のネズミを飼っていたりします。ルームメイトの面々もキャラが立ってるし。後、これは別にギャグじゃないでしょうが、脱走したダーリンがビリーと再会し、イヤホンでロックを聴かせてもらうシーンで、耳からイヤホンを取ると微かに「ポンッ」と音がなります(笑)。その後変顔で2人は打ち解けますが、そのシーンも可愛いですね。ビリーは自分の赤いスカーフをダーリンに巻いてやり、「マグダラのマリアみたい」と言います。ランチで、血が抜けていない肉を手づかみで食べては周りに引かれ、慣れない掃き掃除で腰を痛めているとシスターに姿勢を正され。劇中でけっこうポップミュージックがかかるので明るいシーンも多く、ちょっとした異文化交流コメディ的でもあります。ある夜、ダーリンが悪夢を見て絶叫し飛び起きると、ルームメイトが「話せるのは分かったから黙ってくんない?」と文句を言います。皆とも良い感じに打ち解けてるようです。

ジェニファーの献身的な関わりもあり、ダーリンは唐突にも思えるほど急速に言葉を学んでいきますが、先述したように元々は普通に育てられていたので、能力を取り戻していったと考える方が正しいんでしょう。しかし、ダーリンはだんだん自分の中に悪魔がいると考え、不安に襲われていきます。

ダーリン捜索中のザ・ウーマンは、女性ホームレスの一団(リーダーは精神障害者のよう)に加わります。

 
トニーがダーリンを訪ね、ザ・ウーマンの顔マネをしながら(笑)、彼女が探してると話します。ここで、先述したダーリンの姉たち、ペグと犬のお姉ちゃんの話が出てきます。妊娠していたペグは病院へ行かず、出産時の出血で赤ちゃんとともに死んでいました。
 
順調に信心深い良い子になっていくダーリン。ついにロリコン司教は手を出そうとし、服を脱がせると、何とダーリンは妊娠していることが判明し仰天。赤ちゃんのせいでペグが死んだと思っているダーリンは、赤ちゃんのことを悪魔と呼びます。厳格な聖フィロミーナでも婚前交渉は悪だと教えられてるはずですし。映画の冒頭で病院に行こうとしていたのは、赤ちゃんを取り出してもらうためだったのですね。意図的に流産しようかと悩むダーリンに、ルームメイトの双子が方法をアドバイスするのが非常にブラックなジョークになっていますが、「ママもあらゆる手段で流産しようとしたけど、結局神は私たちを与えた」と笑いながら話します。
ダーリンは司教による洗礼(水に浸されるやつ)を受け、そこでジェニファーも彼女の妊娠に気づきます。過去司教にレイプされたジェニファーは怒り、ダーリンにも手を出したのかと問い詰めます。ダーリンは妊娠8ヶ月なので司教が原因ではなく、「心外だなあ」みたいな感じで被害者ぶる司教。司教はジェニファー「ヤク中を放っておけば誰かに連れ去られるか売春婦になるだけだから、聖職者が先手を打って服従に導くのだ」と行為を正当化します(字幕だと「聖職者が最初の血を採って服従に導く」とあまりのロリコンぶりにギョッとする言い方になってますが、原語で「draws first blood」と言ってるので「先手を打って」と訳した方が良いのかなと。直訳で「最初の血を流させる」です。"ランボー"の原題が"First Blood"ですが、元々ボクシング用語のようですね。)。ジェニファーが全てをバラそうとすると「私は使徒の子孫だぞ! 口外したら破門だぞ!」とキレ始めますが、じゃあ最初からそんなことすんなと!! 何のフォローにもなってないぜ。「私は優しかっただろう?」「私は善人だ」などと見当違いも甚だしい言葉まで。ほお。ナイスガイとな。よほど"プロミシング・ヤング・ウーマン"に出たいと見える。

 

司教への告解(これはもう古い言い方で、今は「赦しの秘跡」と言うらしい)で、ダーリンは岩場で怪我をして動けないハイカーの若者を助けて、そのまま結ばれたと話します。「岩が彼を捕まえた」とか、「彼が白い血を作って私の中に」とか、「ザ・ウーマンが彼を赤い血にした」とか少し変わった言い方なのが、言葉は習得したけどやはり常識の外側にいることを示していて良いです。「白い血」って、もはや詩的ですらある。ダーリンは死んだ若者を泣きながら食べ、罪と愛を感じたと続けます。死んだペグを食べた時も罪を感じたと。おい! これ"RAW"じゃん!(歓喜) まだ、ダーリンは体から「悪魔」を取り出して神に救ってもらいたいと考えています。
 
数か月に渡って続いてきた、司教の野生児更生プロジェクトもいよいよ大詰め。教会にマスコミも呼び、ダーリンにとって初めての聖体拝領(キリストの肉体と血に見立てたパン(聖餅)とワインをいただく儀式)の準備も完了。司教は「最近、悪魔の仕業による性的倒錯者(同性愛者を指している)が多いですが、教会と信者の皆さんは高潔です」とか勝手なことをのたまい、同性の恋人を連れて出席したトニーやジェニファーは厳しい顔。裏でドレスアップして待機していたダーリンは、自殺か流産目的で漂白剤(ある意味「白い血」ですね)を一気飲みします。皆の注目を浴びながら登場したダーリンですが、司教が促しても聖餅を食べようとしません。一気飲みした直後で大変な状況だったんだと思いますが、ジェニファーはその様子を見て「望んでないのに強制しないで! 司教は子どもたちを虐待している!」と暴露。その場を取り繕いながら無理矢理聖餅を食べさせようとした司教は、代わりに手を噛みちぎられます。聖体拝領なのに、物理的に肉体と血を取り込むのがダーリンらしくてシャレています。大人たちのパニックは当然として、儀式に参加していた小さい子たちの怖がる反応も映していてグッドなんですが、女の子が嘔吐するシーンまであって笑いました。やりすぎ(笑)。
タイミング良くザ・ウーマン一派も殴り込みに来て、司教はザ・ウーマンにそこらへんにあった旗で刺し殺されます。皮肉にも、磔にされたキリストのような姿で(「本望でしょ?」みたいな)。産気づいたダーリンはトニーやビリー、ジェニファー、ザ・ウーマンに介抱され、その場で無事に出産。警察や救急車が近づき、ダーリンはザ・ウーマンに赤ちゃんを連れて逃げるように頼みます。ザ・ウーマンは来る途中で盗んできたベビーキャリアに赤ちゃんを乗せ、「あたいに任せな!」ってな顔でエンディング。二度に渡り白い血と赤い血を取り込んだことで、この世にめでたく生を受けたダーリンのダーリン。常識的に考えればこの子はアンチキリストですが、それもロックで良いんじゃないですか。多分その子も母親に似てロック好きになりますよ。
ダーリンが赤ちゃんを悪魔と考えていたのは、適切な教育がなかったため。同じように若くして妊娠し、漂白剤一気飲みではなくとも似たようなことを考えた経験がある人がいるかもしれません。この映画は若き母親や人工妊娠中絶を批判しているわけではなくて、そもそもそういう袋小路思考にハマらないようサポートすべきだと言ってる気がします。
 
エンドクレジットでかかるのは、ドリアン・エレクトラというシンガーが歌う"Control"。ドリアン・エレクトラはノンバイナリーらしく、女性や性的マイノリティへの差別、人種差別に強く抵抗するという歌詞(しかもかなりカゲキ)になっています。「我々をコントロールするな!」と。この曲聴けば一発で本作のテーマが分かります。歌詞には出てきませんが、ホームレスや精神障害者のキャラクターが劇中出てくるので、本作は社会的弱者全般への差別を対象にしているのでしょう。ソーシャル・インクルージョンですね。ホームレスチームがあまり活躍しないのが玉にキズですが。本作ではポップミュージックが多くかかると先述しましたが、どの曲も歌詞が内容とリンクしています。歌詞の和訳も字幕として出るので、本作を観る際は注意してください。3/11までならU-NEXTで観れるよ! 間に合わなかったらソフトを待ってね。
エンドクレジットの後に、オマケとして"Control"に乗せてビリーとダーリンがダンスするシーンがあります。ちょっとPV的な映像なので、本編とは直接関係ないかもしれませんが、後日談としての「色々ありましたが私は元気です」シーンだったら良いなぁ。いつかダダーリン(子)と再会できたら良いですね。
B級ホラーの本分を忘れず、しかし品格を保って、シリアスなドラマでありながらほど良く笑いも入っている本作。ポリアンナマッキントッシュは、監督としてかなり良いセンスを持っていると思いましたよ。
 
ビリーがダーリンを「マグダラのマリアみたい」と言うところで、多くの日本人はその姿を見て「赤ずきんみたい」と思うでしょう。これはおとぎ話です。ザ・ウーマンやダーリンのように、何年も文明から隔絶された状態で生活できるもんかと思う人もいるでしょう。「それ何て"ヴィレッジ"?」という具合に(観てないけど)。"足跡はかき消して"のトマシン・マッケンジーらくらいの距離感じゃないと不自然だよと(関係ないけど、よく「トーマサイン・マッケンジー」って書かれるの何でなの? Thomasinをトーマサインとは読まないでしょ。トマシンかトーマシンかタマシンくらいでしょ)。しかしこれは、野生の人間を主人公にすることで誰からの束縛も拒否する、真に自由な存在について語っているおとぎ話なのです。ゾンビ映画みたいな手法です。もちろん本作や"スポットライト 世紀のスクープ"で描かれたような事件は実在しますが、カトリックを糾弾するのが主眼ではなく、無宗教である多くの日本人にも関係ある話なのです。宗教が悪いんじゃない。司教のようにそれを悪用するヤツらが悪いのだ! いやあ何て倫理的な映画なんだろう(笑)。
そもそも、ザ・ウーマンって名前からして全ての女性を象徴してるじゃないですか。そして、皆さんもきっと誰かのダーリン(愛しい人)。少なくとも、読者の皆さんはHeiroにとってのダーリン。皆のためのおとぎ話。皆さんの、ザ・ウーマンの、ダーリンの、ダダーリンの、ローリン・キャニーの輝かしい将来に幸あれ!
そして、本作が世に出る前にこの世を去ったジャック・ケッチャム御大。"ダーリン"最高だったよ。R.I.P。
 
 
★★★★★★★★
Rotten Tomatoes  68%,50%
IMDb  4.8
万人受けはしませんが、万人のための映画だよ。でも司教みたいなヤツらの喉笛には喰らいつくぞ!