"ダーリン(Darlin')"(2019) Review!
首輪をつけようとする者どもに捧ぐ
(※"ザ・ウーマン 飼育された女"と、よせば良いのに"ヴィレッジ"のオチに触れています)
公式トレイラー
未体験ゾーンの映画たち2021作品3本目。本作は個人的期待度第5位でした。先日"ラブ・エクスペリメント"と"ファブリック"の記事をアップしましたが、"ダーリン"、一番気に入ったぜ!!
あらすじ
野生児のダーリンは修道院に保護される。教会の宣伝のために教育され徐々に人間らしくなっていくが、彼女にはある秘密があり……。
スタッフ・キャスト
監督は、本作の前日譚"ザ・ウーマン"で食人族のザ・ウーマン役(この呼称で統一します)を演じたポリアンナ・マッキントッシュ。
ダーリン役には"おやすみなさいを言いたくて"のローリン・キャニー。脇役として"マグダレンの祈り"のノラ=ジェーン・ヌーンや"シャザム!"のクーパー・アンドリュースなどが出演。ポリアンナ・マッキントッシュもザ・ウーマン役を再び演じている。
そもそも、"ザ・ウーマン"ってどのくらい認知されてるんだろうか。"隣の家の少女"で悪名高いジャック・ケッチャム原作であり、"ザ・ウーマン"自体もかなりアレでしたけど。思い起こしてみれば昔"隣の家の少女"も観たし、彼原作の"The Lost 失われた黒い夏"も観ましたね。別にケッチャムファンでも何でもないんですが。多分、これで日本で観れるケッチャムの映画作品はほぼ観てることになります。
まず"オフシーズン"という小説があり、その続編が"襲撃者の夜"(同題で映画化済み。未見)、さらにその続編が"ザ・ウーマン"で、最終的に行き着いたのがこの"ダーリン"(ケッチャム脚本だけど原作小説はなくオリジナルストーリー)と、そういう流れのようです。なので、"ダーリン"だけでも普通に観れますが、前の観てないとちょこちょこ分からない描写が出てきます。Heiroが"ザ・ウーマン"を観たのは5年も前なので細かいところ忘れてました。なので本作を観た後に色々調べ直しました。その内容が以下。
"ザ・ウーマン"では食人族の過去について詳しく語られません。家族を支配しているマチズモサイコパパが野生人間のザ・ウーマンを見つけて監禁・暴行を繰り返すも、最後には逆襲されるというストーリーです。サイコパパは娘のペグ(ローレン・アシュリー・カーター)を性的に虐待しており、彼女を妊娠させていました。本作でも、回想シーンのみですがローレン・アシュリー・カーターが同役で出演しています。本作のみ観た人は勘違いするかもしれませんが、ダーリンはペグの妹でザ・ウーマンの娘ではありません。本作でダーリンが「家族はいるか」と聞かれて答える「犬のお姉ちゃん」というのも"ザ・ウーマン"の登場人物で、無眼球症でサイコパパに文字通り犬のように育てられた、不憫なダーリンの姉のことです。サイコパパを倒した後は、ペグ、ダーリン、犬のお姉ちゃんはザ・ウーマンと行動を共にしたようです。犬のお姉ちゃんはその後どこかに逃げてしまったようで本作には登場しません。後述しますが 、ダーリンが幼い頃にペグは死んでしまったので、ザ・ウーマンと一緒に何年も(おそらく十数年)暮らすうちに野生児化したんでしょう。後に言葉を教えられて、割とすぐペラペラになっちゃうのに違和感を覚えましたが、4,5歳くらいまでは普通に育てられていたのでそんなものかと納得しました。
「未体験ゾーンの映画たち2021の個人的注目作」の記事でも書きましたが、本作はキャスティングが光っています。まずダーリン役のローリン・キャニー(ちょっとハンナ・マリーに似てる)。初めてお目にかかりましたが、食人野生児役としてカンペキです(嬉しくない)。泥と垢だらけの黒い肌で登場した時はあまりの妥協のないガチ不潔さにちょっと引きましたが(笑)、汚れを落とすとアラ不思議、赤毛の美少女になってしまいます。それでもしばらくは動物っぽい仕草が抜けず、片目だけピクピクさせたり獣っぽい声を出したりと常人ならざる演技を披露しています。ローリン・キャニー(Lauryn Canny)なんて名前ですが実にuncanny(=不気味、尋常じゃない)です。他に獣少女役が似合う人って、"RAW 少女のめざめ"のギャランス・マリリエくらいしか思いつきません。あっちもちゃんとカニバリズムしてたし。声の演技も、"レディ・オア・ノット"のサマラ・ウィーヴィング(ヤギみたいな雄叫びを聞かせてくれます。必聴!)に匹敵しますね。
監督インタビューによれば、当初ダーリン役はアナリース・バッソが良いと考えていたようですが、本作を観た後だとローリン・キャニーしか思いつきません。また、彼女は以前"おかえりなさいが言いたくて"(未見)で戦場カメラマン役のジュリエット・ビノシュの娘を演じています。画像検索すると、煤で全身真っ黒のジュリエット・ビノシュが出てきますが、これがまたザ・ウーマンの容姿にそっくりなんですよ! ザ・ウーマンとダーリンは親子ではありませんが、本作への出演を予言していたかのような偶然にゾクゾクしました。
次にシスター・ジェニファー役のノラ=ジェーン・ヌーン。彼女は過去に"マグダレンの祈り"という作品に出ています。同作は、厳格なカトリックの道徳観から外れた女性たちを「矯正」するための修道院の実態を描いたノンフィクション作品でした。「矯正」と言っても、実際に行われていたのは性的なものを含む虐待の数々。不道徳とされた女性たちは、レイプされて妊娠してしまった者、未婚の母、知的障害があり意味も分からず性行為をしてしまった者などです。その中で、ノラ=ジェーン・ヌーンはその「男たちを惑わしかねない」美貌が罪とされ収容される女性を演じていました。収容の理由が完全に魔女狩りと一緒です。彼女はこれがデビュー作だったようですね。当時から目が印象的な女優でした。"ダーリン"ではシスター役ですが、若い頃薬物中毒だったことから「矯正」の対象となり、その過程で司教による性的虐待を受け、最終的にはダーリンを搾取しようとする教会に反旗を翻すジェニファーにキャスティングされているのは、"マグダレンの祈り"を観た身からするとこみ上げるものがありますね。同作は女性版"カッコーの巣の上で"みたいな映画で、ノンフィクションということもありかなり精神をやられますが、一度は観ておくべき作品です。
ダーリンと最初に心を通わせるゲイの看護師トニーを演じているのはクーパー・アンドリュース。"シャザム!"で孤児の主人公ビリーの里親を演じていました。本作と"シャザム!"は同時期の作品なのでただの偶然でしょうが、どちらも包容力のあるキャラクターです。まあ見た目からしてね。
外面は良いけど実際は堕落しきっている司教を演じたブライアン・バットは、自身がゲイであるとカミングアウトしています。作中で司教の所属する教会は同性愛を認めていないので、そこへのアンチテーゼにもなっているキャスティングですね。字幕では「司祭」となってましたが、役名がThe Bishopなので司教が正しいんじゃないのかな? とか知ったふうな口を利きましたが、今回調べて初めて知りました。エヘ。ちなみに司祭はpriest。
ダーリンが引き取られる場所の名は「聖フィロミーナ少女の家」(公式あらすじで修道院と表現されていますが、こういう場所は何と呼ぶのが正解なのか分からなくなってきました。セリフだと「St. Philomena's Group Home for Girls」と言っています)。フィロミーナと聞いて思い出すのは"あなたを抱きしめる日まで"ですね。観てないけどな! ジュディ・デンチが演じる主人公の名がフィロミーナですが、若くして未婚の母となって修道院に入れられ、産まれた息子とも引き離されますが、数十年の歳月の後にその息子は実は金銭目的で養子に出されたという驚愕の事実が発覚していくという内容です。実質、カトリック修道院による人身売買の話ですね。この名前を本作の物語の舞台に引っ張ってきているのも、偶然じゃないような気がします。
物語は、ダーリンがザ・ウーマンに連れられて何故か病院に行こうとするところから始まります。野生児として保護されたダーリンは、温かく接してくれる看護師トニーに心を開きますが、閉鎖が決まりそうな自分のカトリック教会を救いたい司教によって、神の力で無垢な野生児を普通の子にプロジェクトの対象になり、聖フィロミーナへ連れていかれます。気乗りしないシスター・ジェニファーに、「善行だから」とせっかく綺麗に身なりを整えたダーリンを泥で汚すよう指示し、暴れたところをカメラに収めます。ジェニファーは司教と違って真っ当な人で、その後お祈りしながらひとり泣きます。聖フィロミーナは俗世の音楽も聴けない抑圧的な空間です。聖書朗読の授業でお調子者のビリーがふざけると、罰としてジェニファーは嫌がる彼女を司教の部屋に連れていきます。その後手を震わせるジェニファーのカットがあり、この時点で理由は分かりませんが、後半で司教が女生徒に手を出していたことが明らかになります。キリストの名の下に行為を正当化されて。過去、ジェニファーも薬物問題でここに入れられ同じ経験をしていたのに、その片棒を担がされています。本当に罪深いシステムですね。ダーリンはまだ言葉を解しませんが、創世記の「女性の役割は子を産むことで夫に支配されるべき存在」という箇所を聞いて窓から脱走します。
深刻な映画かと思ったら笑えるところもあって、聖フィロミーナに入れられたダーリンを探すザ・ウーマンは警察官を殺して奪ったティアドロップのサングラスを装備したり(サラ・コナーか)、車が死ぬほど嫌いで助手席で暴れ回ったりします。字幕じゃ拾われてませんでしたが、ルームメイトがジェニファー・ローレンスという名前のネズミを飼っていたりします。ルームメイトの面々もキャラが立ってるし。後、これは別にギャグじゃないでしょうが、脱走したダーリンがビリーと再会し、イヤホンでロックを聴かせてもらうシーンで、耳からイヤホンを取ると微かに「ポンッ」と音がなります(笑)。その後変顔で2人は打ち解けますが、そのシーンも可愛いですね。ビリーは自分の赤いスカーフをダーリンに巻いてやり、「マグダラのマリアみたい」と言います。ランチで、血が抜けていない肉を手づかみで食べては周りに引かれ、慣れない掃き掃除で腰を痛めているとシスターに姿勢を正され。劇中でけっこうポップミュージックがかかるので明るいシーンも多く、ちょっとした異文化交流コメディ的でもあります。ある夜、ダーリンが悪夢を見て絶叫し飛び起きると、ルームメイトが「話せるのは分かったから黙ってくんない?」と文句を言います。皆とも良い感じに打ち解けてるようです。
ジェニファーの献身的な関わりもあり、ダーリンは唐突にも思えるほど急速に言葉を学んでいきますが、先述したように元々は普通に育てられていたので、能力を取り戻していったと考える方が正しいんでしょう。しかし、ダーリンはだんだん自分の中に悪魔がいると考え、不安に襲われていきます。
ダーリン捜索中のザ・ウーマンは、女性ホームレスの一団(リーダーは精神障害者のよう)に加わります。