Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"ファブリック(In Fabric)"(2018) Review!

死に結び付く運命の赤い糸

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公式トレイラー


ファブリック

 

また未体験ゾーンの映画たち選出作品ですよ。その中で一番期待してた作品なもんで逆にちょっと放置してたんですが、覚悟決めて観ました。ガチで変な映画でした(笑)。

 

あらすじ

ウィンターセール中のデパートでシーラは真っ赤なドレスを購入するが、それは呪われた「殺しのドレス」であった。

 

スタッフ・キャスト

監督は"バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所"(怪作!)のピーター・ストリックランド。

主演は"オール・ユー・ニード・イズ・キル"のマリアンヌ・ジャン=バプティスト。脇を固めるのは"ゲーム・オブ・スローンズ"のグウェンドリン・クリスティー"わたしは、ダニエル・ブレイク"のヘイリー・スクワイアーズなど。

 

 

"バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所"って何て覚えにくいタイトルなんでしょうか。長いし。原題は"Berberian Sound Studio"ですからね。随分と長ったらしい邦題になったものですが、中身の怪作ぶりを考えればキャラが立ってて個人的には嫌いじゃありません。面白いと思えるかは賭けですが、興味がある方は観てみてね。

 

トレイラー観てもらえば分かると思いますが、ものすごくキッチュ(とでも言えば良いのか)な映像でしょ。良くも悪くもかなり個性的です。他にこんな映像作家っていましたっけ? "バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所"は別にこんな映像じゃなかったと思いますが……あれ、どうだったかな? 本作、非常にアーティスティックでわけ分からん映画だったんですが、全然お高くとまってなくて好感持てましたよ。ギャグも下らないしね(笑)。そう、この映画は下ネタありのシュールコメディなのです。一応ホラー的な瞬間はありますが、「何かウケる」と思いながら観れば良いと思います。A24はアメリカでの配給に関わっているだけのようですね。

あ、そう言えばかなりヘンな映像で記憶に残ってるのはエレーヌ・カッテ&ブルーノ・フォルツァーニ作品ですね。日本で普通に観られる"煽情""デス・バレット"、そしてあらゆる死のポートレイト"ABC・オブ・デス"に入っている彼らの短編はチェック済みですが、アクの強さがものすごいです。個人的には、どのシーンも印象的な映像作家の頂点だと思うのはアレハンドロ・ホドロフスキー(特に"リアリティのダンス")ですが、エレーヌ・カッテらとピーター・ストリックランドの映像には俗悪な(誉めてる)感じがあって、個性的で目を奪われます。それが作品の理解を容易にすることを拒んでいるんですが、ハマる人は映像的快楽でぶっ飛ぶんでしょう。エレーヌ・カッテらの作品は正直わけ分からなすぎで苦手な印象もありますが、ここまで突き抜けてれば好き嫌い関係なく観ておいた方が良い気がします。彼らの作品はタイトルも良いんですよね。"煽情""Amer"=「苦味」、"デス・バレット""Let the Corpses Tan"(この英題は原題直訳)=「死体を日に焼けさせろ」みたいな。全くわけわかめでございます。ちなみに、2015年のマイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルで取り上げられたっきりの"内なる迷宮""The Strange Color of Your Body's Tear"(これも直訳)=「あなたの体の涙の奇妙な色」です。キてます。これはソフト化されてないので、上陸したら即観ます。

 

旦那と離婚したばかりで人生上手くいってない50代のシーラが、新聞広告で新たな恋人を探すところから映画は始まります(恋人募集広告のことをlonely hearts advertisementというそう)。デート用のドレスを買うためにデントリー&ソーパーズというデパートに行くんですが、そこの女性店員がすごい(笑)。言葉遣いが独特すぎて、何言ってるか分からないようで分かるようで分かりません。これ訳した人大変だったろうな。この店員はミス・ラックモアというんですが、非常に良いキャラしてます。実はカツラで本当はスキンヘッド、デパート内を移動する時は狭い荷物用エレベーターにうずくまって乗るタイプのヤバい人です。この映画、監督インタビューによればどうやら1993年が舞台のようですが、もっと古い時代に見える気もします。ダサくてクールな映像と音楽のせいでね。ジャーロ映画も好きなようですし。デパートではお釣りを気送菅(って言うのね、初めて知った)でやり取りしてたりして雰囲気が良かったですね。"キャロル"でも気送菅見た気がするな。もしかして、Heiroが見たことないだけで、ありふれたものなの? 死ぬ前に一度使ってみたいや。

このデパートの店員たちは何かのカルトみたいな感じで、謎の儀式を色々とやってます。魔女っぽい。異常にマネキンを愛でており、老支配人が見てる前でミス・ラックモアがマネキンの服を脱がし、そのお股をさわさわして老支配人が大興奮するシーンまであります。バカじゃないの(笑)。こんなシーンを思いつくなんてピーター・ストリックランドは正気じゃないですね。ビックリしたのがマネキンのお股にはお毛々まであって本物みたいな見た目なんですがモザイクがないんですよ。フランク・ヘネンロッターの"バッド・バイオロジー 狂った♂♀(ヤツら)ども"を観た時だったか別の映画だったか忘れましたが、精巧に作られていても本物じゃなければモザイク要らないんだなあと妙に感心しました。モザイクあるとシリアスなシーンでも笑っちゃいますからね。映画にモザイクは本当に要らないと思います。この老支配人もミス・ラックモアと同じで何言ってるか分かりませんが、デパートで万引きが発生すると犯人をその場で羽交い絞めにするほどバイタリティのある人なのでただのヘンタイ老人ではありません。

 

シーラの息子ヴィンスは憎たらしいヤツで、ストレスフルなシーラの日常にさらにストレスを投下していきます。夕食作った後で「今日は外で食べるから要らねーよ!」みたいなね。しかも彼女のグウェン(グウェンドリン・クリスティー)も曲者で、シーラに対してズケズケと物を言います。嫁と姑の立場が逆転してるような感じで、あまりに嫌みったらしい発言に笑います。グウェンドリン・クリスティー"ゲーム・オブ・スローンズ""スター・ウォーズ"シリーズでのキャプテン・ファズマ役でしか見たことなかった(しかもファズマは顔出さないし)けど、良いキャラしてましたよ(笑)。

 

ミス・ラックモアのセールストークが功を奏したのか、真っ赤なドレスを買ったシーラ。しかしそれで良いことなど一つも起こらず、恋人募集広告で最初に会った男は明らかに態度が悪くハズレ。しかも、ドレスを洗濯機にかければ何故か洗濯機が電源を抜いても止まらず飛び跳ねながら自壊していくし、ヴィンスとグウェンのラブシーンではドレスがひとりでに動いてグウェンを怖がらせます(笑)。ドレスを着たためにシーラの胸には謎の発疹ができるし、悪夢を見せるし、犬に襲われ裂かれたはずなのにいつの間にか元通りになっている奇妙なドレス。ドレスには死のパワーが秘められているのか、覆われた果物は腐り、覆われた動物は死にます。でもサイズが合わないはずの人にもフィットする良くできたドレスなのです。弘法筆を選ばずと言いますが、良い筆は書き手を選ばないのでしょうかね。
ドレスには「You who wear me will know me(私を着る者は私を知るだろう)」という文が編み込まれています。最近それと似たような描写を"ファントム・スレッド"で見ましたね。向こうでは「Never cursed(呪われることなく)」と編まれていましたが、本作のドレスはすでに呪われていますので時すでに遅し。過去このドレスを着た雑誌のモデルも命を落としています(このモデルは美魔女女優のシセ・バベット・クヌッセンが演じている)。シーラも、車で夜道を走っていると道の真ん中に突如現れたマネキンに驚き、ハンドル操作を誤って事故死してしまいます。何とこの時点で映画はまだ半分ほどしか進んでいません。
そこからは主人公が変わり、洗濯機などの機械修理工をしているレジという男性とバブスというその妻の話になります。レジは気弱な人で、バブスの父親とその仲間たちからイジメられています。そいつらが例の赤いドレスをデパートから買ってきてレジに着せようとしたことで、二者は邂逅を果たします。家に帰るとバブスがその赤いドレスを気に入って着ますが、やはりレジとバブスの胸にも謎の発疹ができます。果物のように組織が腐ったりしてるんですかね。
レジとバブスは性格が正反対そうなのに、高校生の頃から15年付き合って結婚した新婚夫婦で、その設定自体が可愛くて良かったですね。特にバブスを演じたヘイリー・スクワイアーズ。勝手にイギリスのミラ・クニスだと思っていますけど、チャーミングでした。レジはオタクっぽい感じで、機械の修理時に部品名をあれこれ独り言で喋るんですが、これを聞いた者が皆催眠状態というか、恍惚とした表情になるギャグも良かったですね(笑)。しかしそんなレジも、ドレスの呪いか、デパートのサイケデリックなテレビCMから目が離せなくなっている間に、湯沸かし器の不具合から発生した一酸化炭素中毒によって死んでしまいます。その頃バブスはデパートを訪れていましたが、またもドレスにより発生した火事によって死んでしまいます。この火事の最中、他の客は火を物ともせずバーゲン品を強奪したりしています。このデパート、何故か連日客で大賑わいなんですよね。
火事から逃れようと、ミス・ラックモアは荷物用エレベーターで地下へ向かいます。そうすると、階を降りるごとに死んだはずの雑誌モデル、シーラ、レジ、バブスが虚ろな表情でミシンを使って赤いドレスを縫っている姿が映されます。バブスの後には誰も使っていないミシンが。次に死んだ人がそこに座るんでしょうか。火事で焼けたデパートの瓦礫の中から無傷の赤いドレスが発見され、映画は終わります。
 
何でしょうかこの映画は。起こっていること自体は単純なんですが、独特の映像が理解を困難にしています。ピーター・ストリックランドはそれを主に言いたかったわけではないと語っていますが、消費社会批判が入っているようには見えます。物は人を狂わせる。でもそれは人が作っている。そしてまた人はまた物に惹かれていく……みたいな? しかしそこからこんな映画を作る人は他にいないわな。ピーター・ストリックランドが映画の内容を知らずに、"殺しのドレス""ファントム・スレッド"というタイトルだけ聞いて、「2つ合わせて2で割って俺流のドレス映画作ったろ」と完成させたのがこれと聞いても信じますよ。1年に一度出会えるかどうかの珍味です。嫌うのは観てからでも遅くないよ。今ならAmazonプライム・ビデオで課金すれば観れます。
 
 
Rotten Tomatoes  91%,50%
IMDb  6.2
ピーター・ストリックランドはある種のバカだと思うんで、その病は死ぬまで治らないでヘンな映画撮り続けてほしい。