Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"Chained for Life"(2018)

きれいなおねえさんは、好きですか。

(※触れなくても良いのに"ディック・ロングはなぜ死んだのか?"のオチの内容を匂わせています。後"フリークス""ミスター・ノーバディ"、"2001年宇宙の旅"の展開・オチにも触れています。下ネタもあり)

 

公式トレイラー


Chained for Life – Official Trailer

 

これまた難しいテーマの作品が出てきました。高尚すぎて理解するのが難しいって意味ではなく、あまりに身近すぎて客観的に捉えられない話というか……。

まあ要するに、ルッキズムの話です。

 

 

あらすじのようなもの

美人女優のメイベルは、ヨーロッパ出身監督の英語デビュー作品に出演することになった。その作品には奇形や身体障害のある役者が多数参加し、その中にはレックリングハウゼン病のローゼンタールも。メイベルはローゼンタールとの関係作りに苦労するが……。

 

スタッフ・キャスト

監督は、"Go Down Death"に続く本作が2作目となるAaron Schimberg(アーロン・シムバーグ?かな?)。

メイベル役には"ディック・ロングはなぜ死んだのか?"のジェス・ワイクスラー、ローゼンタール役には自身もレックリングハウゼン病で、"アンダー・ザ・スキン 種の捕食"にも出演したアダム・ピアソン。他。

 

 

毎回記事を書く時は、一番始めにその映画を端的に表した一文(一文じゃないこともあるけど)を考えます。できれば既存の作品や格言や事実にひっかけたことを。例によって、未公開映画は多くの皆さんと同じく日本上陸するまで観てない立場で紹介してるんですが、今回思いついたフレーズはこれ。

「きれいなおねえさんは、好きですか。」このキャッチコピー、知ってます? 懐かしいですか? クレヨンしんちゃんは関係ないですよ(しんちゃんなら「おねいさん」って言うかな(笑))。パナソニックの前身である松下電器産業の美容家電のCMで使われてました。Heiroが「きれいなおねえさん」と聞くと当時のCMにちょうど出てた仲間由紀恵をイメージします。美人ですよね。

「きれいなおねえさんは、好きですか。」そう聞かれれば、迷わず「はい」と答えます。きれいなおにいさんも好きですけれども(笑)。どちらも目の保養になりますからね。世の中的にも、美人であることは基本的に称賛(賞賛)すべきこととして扱われています。では美人でない人はどう捉えるべきなのか?

 

「役者は顔だ」との主張にも同意します。ただ必ずしも美人じゃなくても良いです。印象的で好きになる顔の必要条件は「美しいこと」ではないですから。……しかし、それでも映画には美人が付き物です。Heiroも、一番の理由ではないにせよ、普段中々見かけないレベルの美人が見たくて映画を観てることは否定できませんし、明らかにそれで快の感情を得ています。赤ちゃんも美しい顔の方に惹かれると聞きますし、やはり本能が関係している話だとは思うんですよね。人間には理性がありますからあまり本能に原因を帰属して納得したくはないですが、同時に無視もできません。良い考えかは分かりませんが、個人的には、美人であることは「優しい」とか「面白い」などの内面の美点と同列に語りたいところです。美それ自体は肯定したいんですが、美がなかったとしてもそれはマイナスではなくニュートラルに捉えたいのです。極端な例で語弊がありますが、「美人だけど性格は特筆すべき美点がない」場合は長所1つ、「美人じゃないけどとっても優しい」場合も長所1つ、といった感じで。ルッキズムとは「外見至上主義」のことですから、そのように美を唯一神のように崇めるのではなく、日本的に多神教的に捉えるのはどうでしょうか。誰にでもお世辞で「きれいですね」と言うのは、ルッキズムに乗っかった発言のようで違和感がありますし。それでも、美を善として扱うのであればそうでない場合は相対的にはやはりマイナスになるので、差別は止まないのか? 美と醜は一直線上で相反する概念ですから、それに伴う好悪もシーソーのようになってしまうのか。だからと言って、外見に対して何の判断もするなというのはあまりに現実的でないと思われるし……(少なくともHeiroにはできる気がしない)。いやいや、不謹慎な例だけど、目が見えない人からすると外見なんて関係ないわけだし……じゃあ視覚自体が一種の呪いなのか? でもでも、映画は視覚あってこそのアートだし……なんて思考はグルグルと迷宮入りしてしまいます。美しくなるための努力を否定する気はないけど、そしたらそういう努力をしない人は悪になるのか……うーん難しい。

ブライアン・デ・パルマ"キャリー"は、シシー・スペイセクのあの顔あってこそですよね。顔は確かに怖いですけど、観客はキャリーに強く感情移入できます。そういう意味では、怖い行動をとるのに共感できる女性が描かれた"Swallow/スワロウ"とも共通してます。キャリーはプロムでドレスアップするんですが、Heiro含め、多分ほとんどの観客は「きれいになったね!」と嬉しくなるんじゃないかなあ。キャリーをいじめたスーが罪滅ぼしに、彼氏のトミーにキャリーをプロムに誘うように頼むんですが、彼女のいるトミーも思わずドキッとしちゃうんですよ。ここで得られる感動を誰に否定できるだろう? 普段のキャリーも好きで、ドレスアップしたキャリーも好き。この2つは決して両立しないの? Heiroはそうは思いません。ちなみに、シシー・スペイセクは今も同じ顔ですが、すごく可愛いおばあちゃんになったと思います。

 

美人は美人で大変でしょうね。良くも悪くも注目されるだろうし、ハロー効果(ある特徴のために他の特徴への評価も引きずられること。外見が良いと性格も良いと思われるとか、その逆も)もあるし。それこそ、外見の良さから他も良いと思われて、実際は他はそこまで秀でてなかった場合の相対的マイナス感とかね。アダム・ピアソンが出演した"アンダー・ザ・スキン"にはスカーレット・ヨハンソンのヌードシーンがありましたが、スカヨハも美人ですから、そこばかりが注目されていた節もあったと思います。実際観てみると、むしろそこより本編がアートすぎて「何じゃこりゃ」感の方が強かったですけど(余談だけど、Heiroは今敏監督の"パーフェクトブルー"がトラウマ映画で、映画でヌードシーンがあるとあの映画思い出して複雑な気分になる)。アダム・ピアソンにもハロー効果は関係ありそうですね。彼の発音を聞くとやはり不明瞭なので、人から見くびられたりしそうです。多くのレックリングハウゼン病患者は知能に問題はないらしいんですけどね(でも多くの場合、認知機能に何らかの異常があるらしい)。

そう言えば、"キャリー"のリメイクはクロエ・グレース・モレッツという誰がどう見ても美人が演じていましたけど、どういう意図があったのかなあ。美人が原因でイジメられるんですかね。未見なもので、ここでの詳しいコメントは控えますけど。

 

本作での「美人」枠はジェス・ワイクスラーです。キュートな女優ですね。出演作は2作しか観てないんですが、そのどちらも問題作でした。Heiroが初めて彼女を見たのは5年前に観た"女性鬼"というホラー映画でした。タイトルひどくてごめんなさい(笑)。原題は"Teeth"(歯)。内容もかなりトンデモで、ジェス・ワイクスラー演じる女子高生のお股に歯が生えてて、まあ詳しくは言いませんが最低な男どもを成敗していく話です(笑)。けっこう体当たりの演技でした。古来より、ヴァギナ・デンタタという歯の生えたお股を持つ女性に関する民話や神話が多くあるようで。男性が潜在的に女性に抱く恐怖を表現したものなんでしょうかね。これと同様の設定の"歯まん"という邦画もあるらしいですが、そっちは未見です。っていうか、そっちの方がタイトルやばくね。

2作目は、去年公開された"ディック・ロングはなぜ死んだのか?"です。これまたアレな映画で、まずタイトルからしてアレです(ディックはリチャードの愛称でもありますが、アレを表すスラングでもあります。アレがナニかは察してください)。原題は"The Death of Dick Long"(ディック・ロングの死)でしたが、実際は「ディック・ロングで死」でしたね(笑)。そんなラインナップなので、ジェス・ワイクスラーについては根性のある女優だなと思ってました。そして本作も、多分下ネタはないですが(笑)、かなり攻めた内容になってるようです。

ちなみに、本作の役名のメイベルって愛らしい名前ですけど、由来はラテン語でlovable(愛らしい)を意味する語だそうです。美人の名前にピッタリ。名も響きも体を表しています。

 

奇形・身体障害者がテーマと聞いて思い出すのは、やはりトッド・ブラウニング監督の"フリークス"。本物のフリークス勢ぞろいなのもすごいですが、外見は良いのに心が汚れている女性が、フリークスたちによってその心が具現化したような見た目にされるラストも衝撃的でしたね。アレハンドロ・ホドロフスキーの映画("エル・トポ"とか)にも小人症の人が出てきたりします。デ・パルマ"悪魔のシスター"にも本物じゃないけどフリークスが出てきます。最近では、フリークスを最も一般受けする形で描いた"グレイテスト・ショーマン"もありましたね。そして忘れちゃいけないのがデヴィッド・リンチ"エレファント・マン"レックリングハウゼン病と聞いて真っ先に思い出したのが同作のジョセフ・メリックでしたが、今ではプロテウス症候群というまた別の病気だったと考えられているようです。

 

Heiroの人生ベスト級映画にジャコ・ヴァン・ドルマル監督の"ミスター・ノーバディ"があります。監督は、産まれた時に酸欠で障害が残る可能性があったらしく、「どんな人生になるかは、ほんの些細なことで決まるし、どんな人生にも同等の価値がある」という哲学を持った人だと聞いています。長編デビュー作の"トト・ザ・ヒーロー"もそういう映画でしたが、それをさらに複雑に、ゲームの分岐ルートを同時にコンプリートしていくように描いたのが"ミスター・ノーバディ"でした。まあ、あの映画大好きですけど、ジュノー・テンプルルート(ダイアン・クルーガールート)が突出して良いので、他のルートも同価値だと言われると「いや、監督ほど上級者じゃないんで」と思っちゃいますが。そもそも、パラレルワールドとかで可能性(蓋然性の方が正しい?)が同価値だっていうのはあくまでも数学的に、ですよね。人間の価値観的な意味の「価値」じゃなくて。まあ良いや。とにかく、そんな監督なので、ダウン症の俳優を普通に起用してたりするんですよ。

美しく産まれるかそうでないか、障害があって産まれるかそうでないか。その差は大した違いじゃないのです。産まれた人に責任があるわけでもないし。裕福な家に産まれるかそうでないかをテーマに描いたのがジョーダン・ピール監督の"アス"でしたけども。だからそれを理由に差別をするのは不合理なのです。差別なんてそもそも不合理なものですけどね。以前、差別について語る際にはまず自分の中にある偏見を認識する必要があると言われたことがあります。自分に偏見はないと思い込むのではなく。誰しも何かしらの偏見はあります。それを認めてやっとスタートラインに立てるのです。

 

本作、予告を見る限り差別的な視線のない温かいコメディのように見えます。ジェス・ワイクスラーの豊かな表情で笑わせてくれますし、アダム・ピアソンに演技指導が入る場面も手加減しているようには見えません。他のブロガーさんの感想を読むと、本作は難しいテーマを描きながら圧倒的大傑作らしいんですよね! 日本にもほとんど無意識のレベルでルッキズムは浸透してしまっていると感じるので、ぜひ公開してほしいところです。偉そうなことをつらつらと述べてきましたが、Heiroも努力してるところです。

さて、話が飛びますが、昔「たま」というバンドの"さよなら人類"という曲がありましたよね。Heiroの生まれる前の曲ですが、音楽番組の懐メロ特集で見てそのヘンテコな歌詞とドラムの人が「ついたー!!」って叫ぶのが面白すぎてネタとしか思ってなかったんですが(笑)、去年EGO-WRAPPIN'がカバーしてるバージョンを聴いて驚きました。良い曲だしちゃんと「ついたー!!」も入ってる(笑)以上に、ものすごく意味深な歌詞だし、非常に"2001年宇宙の旅"を思わせる内容です。「冬の花火」は核爆弾のようにもとれるし、「人類がはじめて木星についた」はボーマン船長が木星付近にあったモノリスにコンタクトする場面を思わせます。作者は「ただの言葉遊び」と語っているようで、実際はどのような意図があったのかは分かりませんけどね。"さよなら人類"の中では、人類はボーマン船長のようにスターチャイルドになるのではなく、ピテカントロプス(原始人)に一歩近づきます。おそらく、「現代人といっても戦争など愚かなことばかりでサルと変わらない。進化してはじめて原始人レベルになれる」という皮肉を込めた曲だと思うんですが、……前置きが長くなりました。

人類は差別を克服してピテカントロプスになれるんでしょうか。それが言いたかっただけです。

 

 

Rotten Tomatoes  100%,56%

IMDb  6.7

美は善だけど、全ではない。異論は大いに認めます!