Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

Heiroによる、辺境の映画・音楽を紹介・レビューするブログです。(映画レビューの際はのっけからしこたまネタバレします。映画は★、音楽は☆で評価) ツイッターアカウントはこちら→https://twitter.com/chloe_heiro0226

"She Dies Tomorrow"(2020)

彼女は明日死ぬ。でも、明日っていつ来るの?

f:id:heiro_chloe:20211107022948j:plain

公式トレイラー


SHE DIES TOMORROW - Trailer

 

本当は、今回はシェーン・カルース監督の超難解SFと評判の"Upstream Color"(2013)の記事を書くつもりでした。……が、後述する理由により今回はこの作品にします。

 

 

あらすじのようなもの

エイミーは「明日自分は死ぬ」と確信していた。そしてその考えは周りの人間にも伝染していく……。

 

キャスト・スタッフ

監督・脚本は、女優としても活躍しており、"エイリアン: コヴェナント"にも出演しているエイミー・サイメッツ。

製作には低予算ながらユニークなSF作品でお馴染み、最新作"シンクロニック"も気になるアーロン・ムーアヘッド&ジャスティン・ベンソンの名も。

主演は"ブリグズビー・ベア"のケイト・リン・シール。他に"ハピネス"のジェーン・アダムズや、まさかの"ワイルド・スピード"シリーズでお馴染みのミシェル・ロドリゲス姐さんも出演しています。

 

 

皆さん、"プライマー"というSF映画をご存じですか。こんな辺境のブログまで来てくださる方々ですから観てるかもしれませんね。まあ、低予算でストーリーが滅茶苦茶ややこしいタイムマシン映画です。タイムマシンで過去に戻ると同じ時間軸に同じ人間が2人いることになりますが、それをさらに超複雑に描いてしまった作品です。画面に映る「今」は何週目なのかも分からず、すごく不親切な映画です。6~7年前に1回観たっきりなので詳しく内容も覚えていませんが、そもそも理解できなかったので覚えられなかったんでしょう。普段Heiroは観た映画を全て好き嫌いで5点満点で評価しメモしているんですが、その頃はまだおかしな映画への耐性がなかったので、1.5点しかつけませんでした(笑)。今観るとまた違うのかもしれませんけど。それを監督したのがシェーン・カルースだったわけです。

その次に撮ったのが"Upstream Color"。飲ませるとその人を操れるようになる謎の幼虫の話らしくすでに意味が分かりませんが、どうやらやはり観てもよく分からない難解作品らしいです。"プライマー"に通ずるこの不親切設計がシェーン・カルース節なんでしょう。この作品のヒロインが今回紹介する"She Dies Tomorrow"の監督エイミー・サイメッツであり、この映画の撮影で出会った2人は後に婚約しました。

さらにその次に撮ろうとしていた"The Modern Ocean"アン・ハサウェイキアヌ・リーヴストム・ホランドダニエル・ラドクリフなど超豪華スター共演映画になるはずが、企画がポシャったようです。

で、今回調べて分かりましたが、2019年のインタビューでシェーン・カルースは今後映画に関わらないと宣言しています。あれま。"Upstream Color"も2013年の映画なのに未だに日本に入ってきてないし、完全に輸入のタイミング逃しましたよね。そもそも"プライマー"みたいなヘンな作品が入ってきたこと自体が驚きですし。シェーン・カルース作品は諦めるしかないかと思ってましたら(英語勉強しろ)、新しい事実が。

シェーン・カルースはエイミー・サイメッツに長年身体的・精神的なDVを行い、接近禁止命令を受けていたんですね。エイミーは命の危険も感じていたようで。けしからんので今回はエイミーの話をしようと思ったわけです。

 

エイミー・サイメッツは元々マンブルコア畑の人間です。マンブルコア(mumblecore)とは2000年代から始まった、超低予算で作られた非常にアマチュア的な自主制作映画群のことです。mumbleとは「モゴモゴ言う」という意味であり、普通の映画のようにハキハキ言い間違えもせずセリフを喋るのと異なり、普段の生活の中のように聞き取りづらく話したりするのが特徴……のようです。伝文調なのは、マンブルコア作品はほとんど日本に入ってこず、Heiroもほとんど観られてないからです。イベントでは上映されてもソフトになってなかったりね。しかし、そこから今では超有名になった人もいます。やっぱり一番は"レディ・バード"とか"ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語"を監督したグレタ・ガーウィグ。すごいでしょ。

マンブルコアはホラー領域にも手を伸ばし、そういう作品はマンブルゴア(mumblegore)なんて呼ばれるとか。むしろマンブルゴア作品の方がかなり日本に入ってきてて、ソフトスルーとか配信スルーが多いですが観ようと思えば色々観れます。今一番でっかくなったのはアダム・ウィンガードでしょうね。何てったって、ギャレス・エドワーズ"Godzilla ゴジラ"から始まった怪獣映画ユニバース「モンスターバース」の最新作、"Godzilla vs. Kong"の監督してますから。前にはあの"ブレア・ウィッチ・プロジェクト"の続編"ブレア・ウィッチ"や、あの超有名コミックをハリウッド実写化した"Death Note/デスノート"も撮ってますし(評判は置いといて)。他にも、別に有名にはなってないけど、"インキーパーズ""サクラメント 死の楽園"(ともにソフトあり)のタイ・ウェスト監督は"バレー・オブ・バイオレンス"(2016)ジョン・トラヴォルタ……は落ち目だから置いといて(笑)、イーサン・ホークとか、マーベル作品やリブート版"ジュマンジ"シリーズでも人気のカレン・ギランを起用してるし。本作のプロデューサーのアーロン・ムーアヘッド&ジャスティン・ベンソン作品も、マンブルゴアに入るようです。

Heiroの2020年ワースト2位にしちゃった"ブラック・クリスマス"のソフィア・タカール監督もマンブルコア出身ですし。監督作で日本上陸してるのはこれと前作"ブラック・ビューティー"だけですが、そっちの主演は"ターミネーター: ニュー・フェイト"にも出たマッケンジー・デイヴィス(まあ"ブラック・ビューティー"の前にリドリー・スコット御大の"オデッセイ"に出てるんだけど)。で、"ブラック・クリスマス"では主演はイモージェン・プーツですからね。

Netflixで観れるマンブルゴア作品"クリープ""クリープ2"主演のマーク・デュプラスは"ジュラシック・ワールド"シリーズのコリン・トレヴォロウ監督デビュー作"彼女はパートタイムトラベラー"で主演してたし。エイミー・サイメッツの話で言えば、昔はアダム・ウィンガードのホラー"ビューティフル・ダイ""サプライズ"にも出てましたが、多分日本で観れる一番古い出演作が、チョイ役でしたけど"アメリカン・スリープオーバー"。監督はデヴィッド・ロバート・ミッチェル……そう、あの"イット・フォローズ"や怪作"アンダー・ザ・シルバーレイク"(超好き)の! こんな風に、最近有名なあの役者さんや作品について調べると、どこかでマンブルコア関係者にブチ当たることがけっこうあるんです。先述しましたが、エイミー・サイメッツはリドリー・スコット"エイリアン: コヴェナント"にも出演、ホラー好きの方に言うならリメイク版"ペット・セメタリー"のお母さん役もやってましたね。日本でも、映画好きの中での認知度はじわじわ高まってるのではないでしょうか。あ、そうそう。例によって、本作の主演のケイト・リン・シールもマンブルコア出身女優です。あんまり日本で有名な作品には出てないけど……。

 

予告を観るとハッピー・バースデーギャグがあるように、一応コメディ入ってるみたいですね。訳しづらいですが、予告にある本作のレビューの引用でも「サイコホラーと不条理コメディのいちゃつき(flirts with psychological horror and absurdist comedy)」とあります。「彼女は明日死ぬ」というタイトルですから暗そうですよね。しかも主人公の名前もエイミーだし……と思ったら、実際にシェーン・カルースとのいざこざから着想を得た話のようです。ちなみに、本作はエイミー・サイメッツの監督2作目なんですが、1作目のタイトルは"Sun Don't Shine"(太陽は輝かない)です(そっちも主演はケイト・リン・シール)。く……暗い。文字通りにも暗い。そっちはシェーン・カルースと婚約する前の映画なので、作家性でもあるかとは思いますが。

でも、もう我々は厳しい経験を作品に落とし込んで自分を癒そうとしている作家を知っています。最近で言えば、やはりアリ・アスターですよね。"ヘレディタリー/継承"は自身の家族に起こった不幸を、"ミッドサマー"はその不幸の後に自分を助けてくれなかった元恋人との失恋体験を元にしており、人生の困難から身の毛もよだつ傑作ホラーを完成させました。"She Dies Tomorrow"は批評家の評価は良いんですが、一般観客の支持はほとんど得られていないようなのがアリ・アスターと違うところですけど。

ま、明日になってもそれは新しい「今日」になるわけで、「明日」というのはいつまでも来ないという風に考えることもできますから、明るく終わるのかもしれません。自分のセラピーのために作るなら、アリ・アスターのように何らかの形で希望を示すはずですから。捻くれに捻くれた歪なハッピーエンドであっても。

 

"She Dies Tomorrow"は現時点で日本上陸予定は全くないと思いますが、何と日本版ウィキペディアのページがあります。最近、上陸未定の未公開映画でも誰かが記事を書いてくれていることが割と多いです。未公開映画への興味が尽きない者のひとりとして、記事作成者の方に言いたい。あなたは実際に世界をより良くしています! もっともっと書いて!

ウィキペディアを見ていてまた気づきましたが、日本版ウィキペディアだとエイミー・サイメッツのページはあるのにシェーン・カルースのはありません。エイミー・サイメッツは"Sun Don't Shine"に続き本作でも評価され今後も期待される存在ですが、シェーン・カルースは業界を去ります(エイミーとの問題が影響しているのかは分かりませんが、少なくともハリウッドへの批判を込めた決別宣言をしています)。ミシェル・アザナヴィシウス監督の"アーティスト"の中で、段々人気になっていくベレニス・ベジョが階段を上り、落ち目になっていくジャン・デュジャルダンが階段を下りていくシーンがあります。あの映画だとジャン・デュジャルダンは別に悪人じゃないんでその後の展開がありますし、シェーン・カルースが落ち目になったわけでもないんですが、何となく思い出しました。でも、ウィキペディアの件は象徴的ですね。今後の映画史に残るのはどっちか? そう言ってるような気もします。がんばれエイミー!!

 

 

Rotten Tomatoes  83%,23%

IMDb  5.2

好きモノの観客しか気に入ってないけど、負けるなエイミー!!