Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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"RUN/ラン(Run)"(2020)

多すぎる水やりは花を枯らす

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公式トレイラー


Run (2020 Movie) Official Trailer – Sarah Paulson, Kiera Allen

 

Heiroの大好きなミュージカル"イントゥ・ザ・ウッズ"の曲の中にこんな歌詞があります。「子どもたちは聞きやしない(Children won't listen)」。そう歌う魔女は、外の世界を見たいと願う最愛の娘ラプンツェルを高い塔に閉じこめています。外には危険が多いから、子どもは親の言うことを聞きなさいと(ラプンツェルは魔女がさらってきた子なんですけどね)。ラプンツェルは王子さまに助けられ外の世界に踏み出しますが、結局それが原因で死んでしまいます。……映画版でもそうだったか忘れちゃいましたが、少なくともブロードウェイ版だとそうです。そして、「子どもは親の言うことを聞かないものよね……」と嘆くのです。

今回紹介する"Run"も、予告を見る限り母親の過保護がテーマのようにも思えます。

 

 

あらすじのようなもの

生まれつきの両下肢の麻痺によって車いす生活を余儀なくされているクロエ。シングルマザーの母親ダイアンはそんな娘に過保護に接し、学校には行かせずホームスクーリングで対応していた。クロエは、自分を外界から遮断するようなダイアンのあまりの過保護ぶりに疑いを抱くようになり、やがて恐ろしい真実に迫っていく。

 

キャスト・スタッフ

監督は"search/サーチ"のアニーシュ・チャガンティ

主演は、実際にクロエのような車いすユーザーのキーラ・アレン(Kiera。キエラ?)。狂気の母親役には"ミスター・ガラス"などのサラ・ポールソン

 

 

何と、実際に車いすの女優がハリウッドのスリラーを主演をするのは今回が2回目だそうです。しかも、1回目は1948年まで遡ります。"大脱走"などで知られているジョン・スタージェス監督の"The Sign of the Ram"でスーザン・ピータースという女優が主演したのが最初のようです。それから実に70年以上も近く空いてしまったんですね。

キーラ・アレンは前に1本だけ短編映画に出てますが、長編はこれが最初。車いすユーザーになった経緯は不明ですが、2014年から使い続けているようです。本作ではその持ち前のテクを存分に披露しているようで、アクションの面でも期待です。予告を観ると屋根に上るシーンもあるんですが……まじで?

 

アニーシュ・チャガンティ監督の前作、全編PC画面上で展開される"search"は十分面白かったですが、それより先に同様の試みをした"アンフレンデッド"を観ていたのでそれほど驚きはしませんでした。むしろ、"search"以前にハリウッドメジャー系スリラー作品においてアジア系俳優が主演を務めた前例がないということの方が驚きですが、思い返せば"クレイジー・リッチ!"も同時期だったんですね(そっちは主要キャストが全員アジア系)。

主にハリウッドの映画の中で、本来白人以外の人種の役を白人が演じることをホワイトウォッシングと言います。最近だとスカーレット・ヨハンソン主演で"攻殻機動隊"のハリウッド実写版作品"ゴースト・イン・ザ・シェル"がそれで問題になりましたね。「白人でないと売れない」という神話がまことしやかに囁かれ……叫ばれていましたが、"クレイジー・リッチ!"や主要キャストが黒人で占められた"ブラックパンサー"などの大ヒットが鮮やかにそれを覆しました。もちろん"search"も! 自身もアジア系、インド系アメリカ人のアニーシュ・チャガンティ曰く、"search"は初めからジョン・チョーを主役にすることを念頭に置いた作品だったとか。別に白人のドラマにしても全く問題ない内容ではありますが、何のエクスキューズもなくアジア系であることに意味がありますよね。それが多様性です。

ホワイトウォッシングなら話は割と単純ですが、性的マイノリティとか障害者役のキャスティングとなると、少し複雑になってきます。 "リリーのすべて"ではエディ・レッドメイントランスジェンダーの役を素晴らしく演じていましたが、「シスジェンダートランスジェンダー役なんて」という批判もあったそうです。同様の批判を受け、実際に役を降板した人もいます。スカーレット・ヨハンソンです(笑)。

「シスジェンダートランスジェンダー役なんて」批判には2つの論点があります。1つ目、「実際に役に近い経験をしている役者の方がふさわしいから」。これは個人的には積極的には賛成しません。そもそも演技というものは自分とは全く違う人になりきる行為だし、この論理を突き詰めるとキャスティングも困難になります。年齢が違ってもダメ? もしそうならHeiroが抜群のハマり役だと思った"ハッピー・デス・デイ"のジェシカ・ロースとか"ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書"(これフルで言うの恥ずかしい)のナタリア・ダイアーはアウトになりますね。殺人犯役には殺人を犯したことがある役者を選びますか? 役者に合わせて脚本書く方が早いですよね。メソッド演技のように綿密なリサーチを基に役作りすることは可能なわけで、それまでは経験がなくてもある程度は後から経験することも可能だし。役作りでシンナー吸ったとか吸ってないとか言われてる〇バート・デ・ニー〇さんとかもいますしね(笑)。もちろん、俳優自身の過去の体験を役に活かすことを否定しているわけではありませんよ。そこにとらわれすぎるのがナンセンスだって話です。「積極的には賛成しない」と書いたのはそういうことです。

2つ目、「仕事のチャンスが多い方が少ない方のチャンスまで奪うことになるから」。これはその通りだと思います。スカーレット・ヨハンソンに寄せられた批判は、「スカーレット・ヨハンソントランスジェンダーを演じる機会はあるのに、トランスジェンダー俳優がシスジェンダー役を得る機会はあまりない」というものです。これはホワイトウォッシングでも同じですね。アジア人役は少ないのに、それすら白人に取られがちなのです。本当はどんな役者がどんな役を演じても良いと思うんですけど、この機会の不平等が解消されるまでは社会的・映画業界的にマイノリティの役は実際にマイノリティにやってもらう方が良いのかなと。過渡期の措置としてね。

アニーシュ・チャガンティは"search"ではアジア系を、"Run"では障害者をフィーチャーしたわけです。70年以上変わらなかった現実に風穴を開けたのですね。インタビューの中で、障害者がなかなかキャスティングされないことに言及し、自身の父親が1型糖尿病であったと明かしています。その経験を活かし、"Run"のクロエも糖尿病の設定になっています。その上、不整脈、ヘモクロマトーシス(体内に過剰に鉄が溜まる病気)、喘息まで……。本当に助かるの!?

 

これだけの負担がかけられた状態で、クロエはあのサラ・ポールソンから逃げられるのでしょうか。サラの最近の出演作は"ミスター・ガラス"とか、あの"カッコーの巣の上で"の名悪役の前日譚ドラマ"ラチェッド"(未見。でも面白そう)とかですよ。完全にサイコです(笑)。予告最初の未熟児(クロエなのか……?)を見る場面、表情が凄まじすぎます(笑)。普通にしてれば美人なだけに。

予告では、クロエは工学系の知識があるように見えます。自分でできることも色々あるだろうに、ダイアンは全てやって「あげます」。「ママは何でもやってくれる。私重荷になってない?」と問うクロエにダイアンはこう答えます。「ママだもの。それが仕事なの。あなたには私が必要なの」……。ホームスクーリングなのはクロエを外界に行かせないためでしょうか? "イントゥ・ザ・ウッズ"の魔女のように「Stay with me……」と歌うのでしょうか? 美魔女なのは確かですけど。そもそも、階段に昇降機ついてますけど、クロエの部屋って2階にあるんですか? 車いすなのに? 怖っ!!

観る前からオチを考えるのもアレですが、他に考えられるのは代理ミュンヒハウゼン症候群ですよね。ミュンヒハウゼン症候群はわざと自分の健康を害したり病気を偽って周囲の関心・同情を引くものですが、代理ミュンヒハウゼン症候群は同じ目的で他人の健康を害するものです。本作の場合、何かの薬が出てきますから、それが怪しいですね。予告はけっこう色んな想像ができる作りになってて、ダイアンが本当の母親じゃない可能性も考えられます。それとも本当に過保護の母親で、親離れ子離れの話なのか? 何にせよ、予想を裏切るオチだったら良いな~。

そしてタイトル。一見シンプルなタイトルですが、「run」とはここでは「逃げろ」という意味と、クロエには難しそうな「走れ」の意味とのダブルミーニングになっているんでしょうか? アニーシュ・チャガンティは、設定でもキャスティングでも新しいものを見せてくれる作家と期待したいですね。

 

 

"Run"は何ともシャレの効いてることに、去年の母の日あたりにライオンズゲート配給で公開予定でしたが、コロナのせいで結局Huluでの配信になってしまいました。詳しくないですが、アメリカと日本のHuluはまた色々違うようなので、こっちではHulu配信にはならないかもしれません。去年の傑作タイムループコメディと評判の"パーム・スプリングス"もアメリカではHulu配信ですが、こっちでは今年の春に劇場公開決まってますし。

いずれにせよ、何らかの形で絶対日本上陸すると思います! 劇場公開決まったら、みんな、迷わず劇場に「走れ」!!

 

 

Rotten Tomatoes  90%,76%

IMDb  6.7

人生で「I need you.」とは言われたいけど、「You need me.」とは言われたくないなぁ……。

 

(3/4追記)

キノフィルムズ配給で今年6月での公開が決まりました! 母の日には間に合わなかったけど、祝!!

 

(3/12追記)

邦題が"RUN/ラン"に決まりました! "search/サーチ"と同じタイトルの付け方ですね。「母の愛からは逃れられない」というキャッチコピーも。良いんじゃない?

 

(3/23追記)

公開日が6/18に決定!!

 

(2021/7/23追記)

レビューしました。

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