Heiroのシネマ・ミュージックフロンティア

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Leprous/"Pitfalls"(2019)

"ブッダと笛"

 

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Leprous(レプラス)はノルウェーで2001年に結成されたプログレッシヴ・メタルバンド。
この作品は6thアルバムですが、特に前作からメタル色が減退し、非常にアート的で静的なパートが目立つ一枚になっています。
エレクトロ要素も強く、「メタルだ!!」と思ってかぶりつくとコレジャナイ感があるかも。でもたまにちゃんと金属の味がするので困るのよね。
先日紹介したThank You Scientistが陽の音楽とするならば、このアルバムは完全なる陰。
それもそのはず、ヴォーカルでメインコンポーザーのエイナル・スーベルグうつ病に苦しみながら生み落としたのがこの作品なんですね。
鬱々とした雰囲気はすでに#1."Below"の曲調・歌詞から色濃く感じ取れます。とても内省的な内容です。
エイナルの歌声やLeprousの音楽性は「幽玄」と表現できると思いますが、今作ではファルセットを多用しており、幽霊が歌っているような寂しい世界が広がります。
アルバムタイトルは"Pitfalls(落とし穴)"。うつ病は日本でも約15人に1人がかかるとされており、その名を知らない人はいない有名な精神疾患です。しかしうつ病になった人も、まさか自分がそうなるとは予期していなかったでしょう。そういう意味での"落とし穴"なのかも。
ジャケットはブッダの後ろ姿?
国内版あり!

#1."Below"
のっけから抑うつ的なイントロで幕を開ける。ストリングスが壮大さを演出しサビはドラマティックだが、歌詞を読むと非常に人生への諦念めいたものが感じられる。

#2."I Lose Hope"
なんと直球なタイトル。まさにこのアルバムのテーマを表している。終始静かな曲調ではあるがリズムが気持ち良く、意外にノれる。

#3."Observe the Train"
駅のホームで流れてそうなメロディから始まる静かなバラード。その駅は自分以外はいなさそうな寂しい雰囲気。サビでわずかに明るくなり、「落ちている」というよりは「落ち着いている」状態を表したような曲。

#4."By My Throne"
穏やかながらリズムの掴みにくい曲で、コーラスが美しい。普通にオシャレな曲としても聴けそう。

#5."Alleviate"
アルバム中、最もメロディが美しく、最もカタルシスがある。特に大サビ。ヴォーカルが低いトーンで始まり、2番から1オクターブ上のメロディになる。エイナルの美しい高音が堪能できるドラマティックな曲。しかし歌詞の内容はこれまで通り暗い内容である。

#6."At the Bottom"
非常に静謐な始まり方をするが、サビでいきなり爆発する躁うつ的な曲。終盤ではエイナルの壮絶なヴォーカルが聴ける。

#7."Distant Bells"
ピアノが印象的な曲で、穏やかに美しく始まるが、中盤のヴァイオリンパートの終わりから少しずつ盛り上がってくる。大サビのヴォーカルメロディはこれまでより1オクターブ上になり、大きなカタルシスがある。大サビのコーラスが前半にもひっそり入っていたことに気づくと感動もひとしお。

#8."Foreigner"
最も普通のメタルに近い曲。と言ってもそこはLeprousなので彼ららしいメロディにはなっている。疾走感があり他の曲がほとんど5分超えなので、かなり短く感じる。すごく分かりやすい曲構成になっており、ラストにはハイトーンのシャウトも。メタルバンドのアルバムなのにこの曲が一番の仲間外れである。

#9."The Sky Is Red"
実質アルバム最終曲にして約12分の大作。前曲で生きる希望を使い果たしたのか、荒廃した精神世界を表現したような狂気じみた複雑なイントロからスタート。Bメロで非常に叙情的な雰囲気になるも、すぐに背筋も凍る複雑なリズム・独特なメロディのパートに突入し、その後は再び叙情的なギターソロに。この叙情パートで少しだけ明るくなるが、7分直前からホラー的な恐怖さえ漂う静かなパートに。クワイアが入り、そしてバンドサウンドが戻ってきて盛り上がるも、精神は狂気に取り込まれたまま終わる感じ。学生時代に聞いていたBUMP OF CHICKENの"真っ赤な空を見ただろうか"という曲があるのだが、そちらが綺麗な夕焼け空で一日の終わりなのに対し、こちらは世界の終わりを示す血をまぶしたような真っ赤な空を想像させる。この内容のアルバムで、この曲で終わるのには正直嫌な予感しかしない。

#10."Golden Prayers"(Bonus)
スタッカートの目立つぶつ切りのイントロから、彼らの4thアルバム"The Congregation"(2015)に入っていてもおかしくないと感じさせるが、このアルバム曲との相性は悪くない。サビでは一旦低いトーンで歌うもその後1オクターブ上になるというこのアルバムでのお馴染み展開もありアツい。

#11."Angel"(Bonus, Massive Attackのカヴァー)
恥ずかしながらMassive Attackを聴いたことがなかったので、この機会にオリジナルを拝聴。非常に展開がミニマルで暗く、驚くほどLeprousに合っているのが面白い(エイナルがMassive Attackファンらしいので順番としては逆だが)。


☆☆☆☆☆☆☆☆★ 8.5/10点


精神疾患では症状がなくなった状態を「治癒」でなく「緩解(=一時的に良くなった状態)」と表現します。アルコール依存症で言えば飲酒せずにいられている状態のこと。しかし一口飲めば逆戻りする。もちろん死ぬまで禁酒することは困難ではあれ可能ですけどね。そういう意味ではエイナルの赤い空は晴れないままなのかもしれない。
ボーナストラックを除いて考えると"The Sky Is Red"で実に絶望的なエンディングを迎えるわけで、エイナルの精神状態が心配ですが、そこで気になっていたジャケットのブッダと笛の少年について調べてみました。
ブッダ(シッダールタ)は笛が上手く、瞑想中に森で会った若者に「笛を美しく吹くには、真実の自分を発見する必要がある」と説いたという逸話があるようです。
#1."Below"からすでに自己否定の物語が始まっていますが、もしもこのアルバムがあなたにとって美しい笛の音に聴こえたのなら、エイナルは自分を取り戻せたのかも。